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2018年12月13日15:12

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【短篇】ロング・インタビュー

 男が安楽椅子に座らされている。
 顔色や手足の色は血色が無く、浮いた死斑がありありと見て取れる。
 防腐はして、香を焚きこんでいても微かに腐敗臭は周囲に漂っているようだ。
 対峙して座っているのは30手前の眼鏡をかけた小柄な女性。
 インタビュアーだ。
 先に女性が口を開く、
「こんにちは、この度インタビューのご依頼をお受け頂き誠にありがとうございます。インタビュアーの咲耶花奈と申します。よろしくお願いいたします。」
 死体の男は僅かばかり目を開き混濁した目を女性に向ける。
 唇を震わせる程度に動かし、返事をする。
「いや、俺もこの身体になってからは話す事以外に仕事がない。しかも気休めを兼ねた仕事だ。時間の殆どを防腐用の冷やされた棺に詰め込まれて世界中をたらい回しにされているだけの生活を想像してくれ、外気や人の気配がどれだけありがたいのか。」
「・・・・つまりは、自身の人権状況をお話しされたいと?」
「いやそうじゃない。そんなつまらない話に時間を無駄に使うのは止そう。あんたもそういう事を聴きたくて、インタビューを申し込んだわけではないだろう?」
 男は若い女性を一瞥する。襟元が開き鎖骨が見える上着。
 ノートパソコンをタイプする手はモニタの影になっているが、音声レコーダーを持つ左手の爪は緋色のマニキュアが塗られ、指輪は無い。
「・・・・では最初の質問を、貴方のお名前をお聞かせください。」

問1.名前

「早速で申し訳ないが、それが俺にとって一番の問題でもあるんだ。」
「と、申されますと?」
「名前が無いわけではないのだが、俺には名前が多すぎるのだ。(親がいたと仮定して)親に付けられた名前も当然あるわけだが、『それは既に学術的やら社会的やら宗教的な問題で否定されている』と散々”学会の権威”とやらから意味不明な説明を受けてきた。そして連中は世界各地で勝手に俺の名前を確定している。例えば”彷徨える猶太人”、例えば”アハシュエロス”、例えば”背徳者ユダ”、”徐福”、”ウトナピシュティム”・・・・挙げればきりが無い。」
「自身で、自身の本当の名前を主張したり公表したりはしないのですか?」
「いいかい?既に俺の名前が違うという事で、少なくても13度の戦争・紛争が起こり、その内1度は世界大戦だ。これ以上俺が名前を主張して戦争の種子を増やす事にどんな意味があると言うんだ?」
 死体の男はここで再び女の様子を伺う。
 インタビューが始まってから然程時間は経っていないが、開いた胸元と鎖骨が死者と対峙する、という状況に緊張しうっすらと色を帯びてきたようだった。
 上着に覆われていてもしっかりわかる上を向いた胸の先が、少し早くなった呼吸をその動きで表現している。
 顔を見ると表情は代り映えしないが、マニキュアと同じ緋色に塗られた、ぽってりとした唇が男の目に止まった。
「・・・・そうしますと、私としては貴方をなんとお呼びして良いのかが・・・・」
「二人っきりなんだ、”貴方”、”あんた”、”君”、”そちら方”とにかく自由で構わないさ。そして聞きたい事を全て聞き終えたら、あんたが俺の事をどう呼びたいか、あんたなりの俺の名前、呼び方が決まっているはずだ。」
「了解いたしました、今の質問はここまでで。では次の質問に移らせて頂きたいと思います。貴方の生前の経歴についてお教え下さい。」

問2.経歴

「ああ、犯罪者だ、しかも大罪人に入る、と思う。」
「・・・・それはキリストを裏切ったり、あるいは無碍にしたという意味で?」
「いやいや、そんな事実は覚えちゃ無いし、そんな高尚な話じゃない・・・・そりゃ、様々な名前を付けたがる宗教家や学者はそう定義したり決めつけたりする連中も多いが。残念ながら世間の最も多いタイプの犯罪だ」
「不勉強で申し訳ありませんが、多いタイプの犯罪、と申されるのは?」
「うん、自分の不貞、つまり妻子有るのに別の女に手を出し、さらにそれが縺れて殺人に至る、という典型的な話で、あんたの国のワイドショーでも、最初に報道されてあとは他の報道に流されるくらいの大罪だよ。」
 女の膝が前後し、椅子に座り直すのを死体の男は見逃さなかった。
 唇が渇いたのか、口を一度結んで唇を湿らせ、ゆっくり息を吐いた。
 単なる緊張ではない、と男は悟る。
 女の髪からシャンプーや香水に交じって特有の香りが、男自身の死臭を突き破って届いて来ていた。
「・・・・あの、それ以前の経歴は?」
「うん、妻子が居た事は確かだが、実を言うと罪を犯す以前の記憶は殆ど覚えていないんだ。」
「それはどうしてでしょうか?」
「研究者の中には、その記憶の欠落こそ俺が死んだまま生き続ける事の原因に違いない、と言い張る連中も結構多いが、実際は違うだろう。俺は死んで後しばらく、事件の解明の為に不貞と殺人の事を繰り返ししゃべり続けた。死者のまま裁判所の証言台に立たされ、死者の為に罪は問われなかったものの、証人として何度も証言を求められた。結局、俺の生前の体験というやつはその間に失われた。言葉の繰り返しだけが俺に残った。結局その後の俺は、自分が体験して覚えた事ではなく自分の言葉を覚えているに過ぎないのかもしれない。」
「それでは、今の貴方からは目新しい発言は引き出せない、と?」
「ああ、確かにインタビュアーのあんたからすると大問題だな・・・・まあ会話の途中で何か忘れてた物を思い出すか、あるいはあんたが何かに気付く事もあるだろう。そう捨てたものでもないさ。」
「では次の質問です。貴方の死因を教えてください。一般に公開されてませんよね?」

問3.死因

「いや、俺が公開を禁じてるわけじゃない、マスコミや各政府の判断だと思うね。」
「つまりは国家機密レベルの問題?」
「いやいや、問題は内容だろう。ペニスを切り取られた事による失血死さ。」
「ああ、それは生前の犯罪の・・・・」
「因果応報というやつだろうな。犯人の名前は言わない事にしておこう。俺がこの状態なだけに、裁判所や刑務所じゃなく鍵のかかった病室に直行したはずだ。まあ、公的資料の何もかも機密と言う名目で隠されてしまったが、結局はマスコミの良識的放送コードってやつと、俺の名前を決めつけたい連中がどの国家の中枢にも少なからず蔓延っていた、と言う事さ。」
「あの、貴方は局部を失った事に対する怒りや恨みなどは・・・・」
 女の耳たぶは紅潮している。
 この場には元々死んだ男とインタビュアーの女の二人きりだった。
 女は相手が死体であるから視線を気にしていないのか、あるいは何らかの意図があるのか、涙ぐんだ目や火照った鎖骨を隠そうとはしていなかった。
 仕事柄、インタビューと記録の手は止めて居なかったが、閉じていた両膝は開き、背の低さをカバーする為のハイヒールのかかとが、時折もどかしそうにコツコツ鳴った。
 唾液を嚥下する喉と胸の動きは、女の日常の空虚をその湿り気で満たそうとする行為に、男は思えた。
「今となってはそれは無いが・・・・実を言えば俺に残ってる生前の感覚で、唯一消え去らなかったものが切断された感覚なのだ。死に至る激しい痛みだ、全身が何度も硬直と弛緩を繰り返し、フローリングの床に血を撒き散らしながら、ぬめる血の上でのたうち、断末魔の声を何度も挙げていた事実は、脳や脊髄に焼き付いて、死んでも早々忘れるものじゃないらしい。」
「それは、貴方は死んでもある意味、罰を受け続けている、と?」
「単純に罰と言って良いかは、俺には判断が付かない。これまた法律学者や哲学者なんぞが俎上で論理だけを色々戦わせるのだろうが、俺にとっちゃ棺で運ばれ続けたり、あるいは裁判で同じ証言の繰り返しを強要させられる事の方が悪夢だな。単純な”無”も恐怖だとは思うが、結局は無為な事を繰り返させるのが最大の地獄だと、長い死後の暮らしで気付いた(”無”も当然無為な繰り返しだが、時間の流れが無い分マシかもしれない)。あんたと話し、忘れかけてた生前の痛みを思い出す、これは俺にとっての楽園だ、と理解してくれて構わない。」
「先程から思うのですが、貴方は学者や研究者よりも端的で合理的な分析を持ち、尚且つ広い見識をお持ちのようですが、何処で学ばれたのですか?」
「特に学んだ、というわけではい。俺は何もかも単純に考えるから、複雑に考えるこの時代では賢く見える場合が有るのだろう。」
「貴方がもし世間の人の個人的な悩み相談を受けたら、とても人気が出そうですね。」
「あんたも、何か相談したい悩みがあるのかい?」
「いえ・・・・では次に最後の質問を、貴方の目的か目標は何でしょうか?」

最終問.目的

「まあ既に俺は死んでるので”生きる目的”とはならないが、その答えは簡単だ」
「では答えは?」
「明確に、生きてる状態か死んでいる状態かはっきりさせる事だ。」
「それは確かに分かり易いですね。しかし、今までの話や現状を総合すると、解決は難しそうに思えます。」
「一般的な価値観で見ればそうだろうが、俺の時間軸では最も解決が簡単な問題とも言えるのだ。なんせ時間は幾らでもあるのだから、人類側が俺を蘇らせる方法を見つけるまで待っても良いし、あるいは俺が何もせず自然に死ねるならそれでも目的達成だ。恐ろしいのは、俺が何処かに隔離されたり閉じ込められて永遠に何も出来なくなる事・・・・あと俺より先に人類が消えてしまう事だ。話し相手が動物や虫、草木だけになるのは勘弁してほしい。」
「今までも長い時間耐えていらっしゃったのですね。」
「確か50〜60年ほどだ。生きてた頃を合わせて丁度一人の人生程だから、何も感心したり驚く事じゃない。」
「ちょっと待ってください。貴方はキリストの生まれた頃や神話の時代から生きていたのでは?長く歴史に存在したからこそ、各地に不死の神話が・・・・」
「いやどんなに長く見積もっても60年ちょっと、という所だろうな。俺の記録を機密にしたり、大戦を挟んで戦前の記録を曖昧にしたりと、都合の良い様に改竄されてはいるが、そこの記憶は確かだ。」
「つまり、不死の伝説が各地に古代から在って、そこに死んだまま生きる貴方が現れた、と?」
「単純にそうとも言えないな。俺は自分が生きてる時は不死の伝説なんぞ全く聞かなかった。ゲームやパルプ小説に出てるゾンビと吸血鬼みたいなモンスターのイメージだ。そもそも俺が現れてから不死者の神話が改竄され創作されたのではないか?預言書ってやつが、物事が起こってからさも預言したように書かれたように。」
「有り得ないかと思います。最古の記録は粘土板とか、パピルスとか壁画に・・・・」
 興奮した女は少し腰を浮かせて立ち上ろうとした。
 が、全身がビクッと痙攣すると、両膝から力が抜け再び椅子にへたり込んだ。
 男は冷たい視線で女の様子を見つめ続ける。
 小柄な女は身体を縮め下を向き、死者との対話が予想以上の体験で有った事を、呼吸を整え、涙と汗と言った体液が収まるのを待ちながら反芻していた。
 女は歯を食いしばって、初めて男の両目を直視する。
 そして死者の視線を甘く考えていた事を今更思い知る。
 女は視線に耐えられずに、眼鏡が落ちそうな勢いで上下に強く振った。
 間を置いて女は、乱れてしまった顔や髪を直し、今度は死んだ男に正対しないよう、少し斜めに椅子に腰かける。
 ただし女が意識したのか、男の視界に移る斜めに座った女は、横から見える胸と脚のシルエットが強調され正面よりも艶めかしく、その証左の様に一瞬、懇願する眼で死んだ男に視線を投げかけた。
 男は何事もなかったように、直前の質問に淡々と語り始めた。
「それはあんたが生まれた時にはもう在ったかもしれないが、あんたはそれが、何千年も前から存在した事を確認したかい?極論だが、あんたが視た遺跡の写真は、あんたが視る前日に誰かがCGで作ったもので、あんたが現物を視た遺跡が、あんたが足を運ぶ前日に誰かがハリボテで作り上げたものだとしたら、果たして本物かどうか区別できたかい?」
「・・・・すみません、話が幾分逸れてしまったようなので、元の話に。」
「そうかもしれないが、結局俺の存在という奴はそう言った創作と改竄で塗りつぶされて行くのだ。死んだのだから自由が無いのは認めよう。自分の過去すらここまで不自由とは予想していなかったのだ。俺は昔の自分の名前が愛おしいし、耳元でそれを囁いてくれる女も愛おしい。」
「ありがとうございました、これでインタビューを終わります。お疲れさまでした。」
 インタビューを終えた女は一瞬立つのを躊躇ったが、意を決し立ち上がり、取材道具を手早く片付け、入室よりもずっと小股で、しかし速い速度で歩み去って行った。
 動く事が出来ない男は部屋から出ていく小柄な女を視線で追っていた。女は部屋の外で待ってる男の管理役にインタビューが終わった事を告げるのだろう。
 さて、女は果たして自分に何が欠落していたか気付くのだろうか?
 欠落というのは語弊があるか、本来途切れていた2つのモノが一瞬繋がったその意味に。
 仕事を終えた女は誰か相手を探しに行くだろうか?それともまた俺の前に現れるだろうか?
 男の全身を古傷の痛みが貫いた。
 そして男は少しばかりの眠りについた。

拓也◆mOrYeBoQbw
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