mixiユーザー(id:1980861)

2018年05月12日15:41

300 view

【短篇】孤独都市の舞姫

 広場の噴水の正面、少し曇った昼下がりに、少女が一人踊っていました。
 流れている音楽は多分、前世紀の古いジャズのインストゥルメンタル。観客は私を含めて、昼休みも終わりのサラリーマンやOL、午後の講義が休みの学生、休日の男女連れが数える程度の数組、と言った所でしょうか。
 私は舞踊に関しては門外漢でありましたが、無表情で巧みに操られているマリオネットの様な機械的な動きを繰り返してるかと思えば、思い出したように周囲の人間に対し、少女とは思えない、こちらが汗ばむような表情や仕草を突き付けるタイミングがあったりと、時間を忘れさせ、その場から動けない程になっていました。
 そしてやがて、公安警察がやってきます。
 今のご時世、テレビなどのマスメディアはおろか、ネットワーク網や公共の場に置いても検閲を受けていない自己表現はご法度です。特に彼女の流していたジャズ音楽は、歌詞が無いと言っても革新的で反社会的という事で、データの所有も刑事罰の対象となる代物です。
 彼女を含め、その場で見ていた全員が公安警察の詰所で尋問される事となりました。もしその中に公職や国立大学の学生が混じっていたら、さらに厳重な武装警察で取り調べが行われている事でしょう。口裏合わせさせないように個別に連行された為、そういう人間が居たかどうかはわかりませんが。

 私の尋問は簡単なもので、身分と住所を自己申告し、社会保障ナンバーで本人確認するだけで済みました。自己申告の後、広場にいた理由とか、踊っていた少女と知り合いかどうかとか幾つかの質問をされましたが、監視と盗聴が当然の今の時代、私の自己申告より公安の持つデータの方がよっぽど詳しいわけで、その照会が終了するまでの時間つぶしに過ぎないと、私は良く知っていました。
 私が公安を出る時に、丁度、踊っていた少女も釈放となる瞬間でした。
 彼女は15歳未満だったのでしょう、未成年法はどんな重罪でもティーンの身柄拘束を認めていません。重犯罪だった場合はその首謀者である成人を拘束、尋問する事になります。ただ幾らか涙の痕が見える彼女の顔からすると、お気に入りの音楽のデータは容赦なく削除されてしまったようです。

 公安の正面玄関、詰所から市街の中心部へと向かう乗り合いバスの待合所に私と少女が二人立っていました。少女の表情は踊っていた時とは打って変わって、歳相応の幼げな雰囲気があり、小柄になったような雰囲気になっていました。
 公安の正面玄関には立ち番の公安警察が二人、そしてバス停には収音マイク付きの監視カメラが常設されていましたが、私はそんな事お構いなしに少女に話しかけます。
「また広場で踊るの?」
 彼女は話しかけられるのを予想してなかったのか、数秒の間を置いて答えました。
「音楽が、無いから。また音楽を見つけたら・・・・」
 私は無意識に微笑んでいた、と思います。味わった事の無い気分と、思いがけない表情筋の動き。次に出てきた言葉も、無為に流れ出たものでした、
「仮に音楽が無くても、手拍子でも足拍子でも、自分の音楽は中から湧いてくると思うんだ。試しに、この場でやってみよう。」
 私と彼女は、そのあと暫く黙って目を合わせていました。彼女はまず私の目から本気でそう言ってる事を読み取り、徐々に彼女の中でも何かが固まっていった、そういう表情を私に向けていました。
 そして吹っ切れたように、彼女はだだっ広い公安警察の駐車場に駆け出して、目を閉じ、小さな手拍子と足踏みでリズムを取りはじめ、自分の中の音楽を探し始めました。私は少し離れたバス停から、彼女の表情が広場でみたそれに変わっていくのを眺め、さっきからあった得体の知れない感覚が、自分の中でも広がっていくのを感じました。
 そして少女は、両手を空中に投げ出し音楽と一体化しました。(完)

by 拓也 ◆mOrYeBoQbw
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する