さて今回紹介するのは、耽美的な作風でも知られる谷崎潤一郎作品の中でも特に異彩を放つ「小さな王国」です。
まだ青空文庫に収録されておらずネットでは読めませんが、中公文庫の「潤一郎ラビリンス・少年の王国」に収録されているようです。
まず簡単なあらすじを説明しますと、
【漢学者の息子に生まれ、小学校教諭となった主人公・貝島昌吉は東京から離れ地方のM市の小学校に赴任します。
学業優秀やガキ大将がいる昔ながらの学級に、転校生・沼倉庄吉が入る事で学校のヒラエルキーの変化や様々な事件が起こっていきますが、徐々に統制が取れた品行方正な学級へと変わっていきました。
一方、主人公の貝島は７人の子と病気の老母、妻を抱え徐々に生活が荒み、困窮していきます。そんな中、貝島担当の学級が非常に統制が取れていた理由が、貝島の長男の告白から判明します。それは沼倉が中心になり学校内に新たな社会制度と貨幣制度を確立し、沼倉が様々な得点を貨幣へと変えていたのです。
そして生活が困窮していた貝島は、生徒たちを叱る所かその制度に参加する事になり・・・・】
と、半幻想ともマジックリアリズムの先駆的な作品とも言える作品です。
私が思うに、日本の作品でトマス・モアの「ユートピア」を文学的に上手くまとめた作品は珍しいかと思います。特に谷崎特有の繊細な描写が、主人公・貝島の真に迫った困窮や小学校の雰囲気を上手く表していて、リアリズムと幻想のつなぎ目を見事にコンシールしています。
この手のユートピア幻想はあくまで説明的（モア、ボルヘス）になるか、終始童話的（宮沢賢治）な作風になりますが大正時代にこれだけリアリズム的（終わり方はあくまで幻想ですがｗ）に仕上げるのは見事と言えるでしょう。
私が読んだ感覚ですが、谷崎がこの作品で示したかったのは、
「モア的ユートピア」＋「カリスマ性」この二点であり、その二つを繋ぐ”＋”は”共産主義的（というかビザンツ的）貨幣制度”という事になるかと思います。ユートピアに関しては上で少々述べましたが、もう一方の”カリスマ性”に関しては神童と呼ばれた谷崎本人の体験もあるかと思います。
無論、作中の疑似社会制度などは実践していなかったでしょうけど、貝島の視点は一種、谷崎本人が大人たちから感じる奇異な視線を再現していた可能性が高そうです。
そして、物語のオチにも使われてるモアやボルヘス的なユートピア感＝ユートピアに対する不信とディストピア成立、なのですが、これはやはり谷崎があくまでアリストテレス的な現実主義者から幻想的な物語を描いていた証左だと思われます。幻想耽美に分類されますがやはり西欧ロマン主義とは根本的な所が違うわけですね。
さて、物語全体のテーマや魔法は上記のような感じなのですが、もう一つ、所々で見られる幽かな谷崎の魔法が感じられます。
それは主人公・貝島”昌吉”と生徒・沼倉”庄吉”の二重性です。
主人公・貝島の主観ではありますが、所々で沼倉と主人公の二人だけの意思の疎通の表現が見え、途中で明らかになるヒラエルキーの権力の二重性、更に名前の”しょうきち”の一致と、作中では明確にされていませんがドッペルゲンガー的な要素が否めません。
その理由の一つとしては、主観ではなく沼倉が谷崎自身がモデルだと考えると、幾分納得できるかもしれませんね。
私はこの作品は確か小学生の頃に初読でしたが、時々気になって読み返していました。今回がっつりレビューを纏めたのはエンデ「鏡の中の鏡」で資本主義を宗教にした短篇があり、尚且つ晩年のエンデが”通貨・金融の魔法性と本質の無”に関して書こうとしてたのを思い出した事が理由です。谷崎のこういった有名じゃない作品にも傑作が潜んでるのを思うと、文学もなかなか面白いですよね。
今宵はこのへんで（・ω・）ﾉｼ
拓也 ◆mOrYeBoQbw
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