学生運動が荒れたとき、警察の機動隊は毎日負傷者をだした。
負傷者といってもちょっとけがをしたとか言うレベルでなく入院を余儀なくするレベルで
戦術を変えなくては日本の警察官は無尽蔵にいるわけではないと、ついに催涙弾の使用を開始
ジュラルミンの盾の2枚重ね
制服を化繊から難燃素材に変更
機動隊を5機までしかなかったのを9機動隊までの増加
装甲車の製作、投入。
途中、自衛隊出動まで考慮されたみたいだが結局、警察だけで乗り切ったとある
軍を警備に使えば必ず銃口を市民に向けさせることになる
そしてそれはかなりの確率で発砲することになると、
警察上層部はボロボロになりながら踏ん張ったようです
安保闘争、羽田闘争で警察力だけで踏みとどまっていたのはそういう流れだそうです
アメリカは銃社会ですから、軍を入れて射殺したらそのまま内戦に発展しかねません。
市民も銃をもっているんですから
ちなみに当時の日本の場合は学生運動側はゲバ棒、火炎瓶、鉄パイプ爆弾
警察側は催涙弾、警棒、大盾、放水銃、(あと鉄球)
当時も日本は銃社会でなかったためなんとか警察力だけで押さえ込めたともいえます
学生側は警察幹部に小包爆弾を送り付け幹部の家族を爆殺するなどの凶悪な事を行っているし、市街地でバスもひっくり返すなどの暴挙に出るなどをしていた訳ですから
民間人側が銃を所持する状況だったらどうなっていたことやらという危惧もある状況
だったとも言えなくもないですかね
実は浅間山荘以後、日本の警察の「機動隊」は台湾と中国に教練を込みで輸出されました
でも天安門では警察が下げられて軍が投入され件の状況になったようです
大人数のデモ隊を制御するノウハウを装備とともに伝えたというのに、当時の中国政府は警察側の反発に耳を貸さずに軍に切り換えたとのこと。
■米国防長官、デモ鎮圧の軍投入に反対 トランプ氏と一線
(朝日新聞デジタル - 06月04日 10:21)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6106900
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