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2019年11月18日00:00

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2コリント3章

01 私達は、またもや、自己推薦をし始めているのだろうか。それとも、ある人々のように、貴方方に宛てた、或いは、貴方方からの推薦状が必要なのだろうか。
02 私達の推薦状は、貴方方なのである。それは、私達の心に記されていて、全ての人に知られ、且つ読まれている。
03 そして、貴方方は自分自身が、私達から送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものである事を、はっきりと表している。
04 こうした確信を、私達はキリストにより神に対して抱いている。
05 勿論、自分自身で事を定める力が自分にある、と言うのではない。私達のこうした力は、神から来ている。
06 神は私達に力を与えて、新しい契約に仕える者とされたのである。それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。
07 もし石に彫り付けた文字による死の務が栄光の内に行われ、その為イスラエルの子らは、モーセの顔の消え去るべき栄光の故に、その顔を見つめる事ができなかったとすれば、
08 増して霊の務は、遥かに栄光あるものではなかろうか。
09 もし罪を宣告する務が栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、遥かに栄光に満ちたものである。
10 そして、既に栄光を受けたものも、この場合、遥かに優った栄光の前に、その栄光を失ったのである。
11 もし消え去るべきものが栄光をもって現れたのなら、増して永存すべきものは、もっと栄光のあるべきものである。
12 こうした望みを頂いているので、私達は思いきって大胆に語り、
13 そしてモーセが、消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔に覆いをかけたような事はしない。
14 実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じ覆いが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあって初めて取り除かれるのである。
15 今日に至るも尚、モーセの書が朗読される度に、覆いが彼らの心にかかっている。
16 しかし主に向く時には、その覆いは取り除かれる。
17 主は霊である。そして、主の霊のある所には、自由がある。
18 私達は皆、顔覆いなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。
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