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2019年11月14日00:00

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1コリント15章

31 兄弟達よ。私達の主キリスト・イエスにあって、私が貴方方につき持っている誇にかけて言うが、私は日々死んでいるのである。
32 もし、私が人間の考えによってエペソで獣と戦ったとすれば、それは何の役に立つのか。もし死人が蘇らないのなら、「私達は飲み食いしようではないか。明日も分からぬ命なのだ」。
33 間違ってはいけない。「悪い交わりは、良い習わしを損なう」。
34 目覚めて身を正し、罪を犯さないようにしなさい。貴方方の内には、神について無知な人々がいる。貴方方を辱める為に、私はこう言うのだ。
35 しかし、ある人は言うだろう。「どんな風にして、死人が蘇るのか。どんな体をして来るのか」。
36 愚かな人である。貴方の蒔くものは、死ななければ、生かされないではないか。
37 また、貴方の蒔くのは、やがて成るべき体を蒔くのではない。麦であっても、他の種であっても、ただの種粒に過ぎない。
38 ところが、神は御心のままに、これに体を与え、その一つ一つの種にそれぞれの体をお与えになる。
39 全ての肉が、同じ肉なのではない。人の肉があり、獣の肉があり、鳥の肉があり、魚の肉がある。
40 天に属する体もあれば、地に属する体もある。天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。
41 日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。また、この星とあの星との間に、栄光の差がある。
42 死人の復活も、また同様である。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものに蘇り、
43 卑しいもので蒔かれ、栄光あるものに蘇り、弱いもので蒔かれ、強いものに蘇り、
44 肉の体で蒔かれ、霊の体に蘇るのである。肉の体があるのだから、霊の体もある訳である。
45 聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてある通りである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。
46 最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。
47 第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。
48 この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。
49 即ち、私達は、土に属している形を取っているのと同様に、また天に属している形を取るであろう。
50 兄弟達よ。私はこの事を言っておく。肉と血とは神の国を継ぐ事ができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐ事がない。
51 ここで、貴方方に奥義を告げよう。私達全ては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、瞬く間に、一瞬にして変えられる。
52 というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者に蘇らされ、私達は変えられるのである。
53 なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着る事になるからである。
54 この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着る時、聖書に書いてある言葉が成就するのである。
55 「死は勝利に飲まれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえの刺は、どこにあるのか」。
56 死の刺は罪である。罪の力は律法である。
57 しかし感謝すべき事には、神は私達の主イエス・キリストによって、私達に勝利を賜わったのである。
58 だから、愛する兄弟達よ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主の業に励みなさい。主にあっては、貴方方の労苦が無駄になる事はないと、貴方方は知っているからである。
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