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2019年11月06日03:58

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1コリント8章

01 偶像への供え物について答えると、「私達は皆知識を持っている」事は、分かっている。しかし、知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める。
02 もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならない程の事すら、まだ知っていない。
03 しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのである。
04 さて、偶像への供え物を食べる事については、私達は、偶像なるものは実際は世に存在しない事、また、唯一の神のほかには神がない事を、知っている。
05 というのは、例え神々といわれるものが、或いは天に、或いは地にあるとしても、そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、
06 私達には、父なる唯一の神のみが居ますのである。万物はこの神から出て、私達もこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみが居ますのである。万物はこの主により、私達もこの主によっている。
07 しかし、この知識を全ての人が持っているのではない。ある人々は、偶像についての、これまでの習慣上、偶像への供え物として、それを食べるが、彼らの良心が、弱い為に汚されるのである。
08 食物は、私達を神に導くものではない。食べなくても損はないし、食べても益にはならない。
09 しかし、貴方方のこの自由が、弱い者達の躓きにならないように、気を付けなさい。
10 なぜなら、ある人が、知識のある貴方が偶像の宮で食事をしているのを見た場合、その人の良心が弱い為、それに「教育されて」、偶像への供え物を食べるようにならないだろうか。
11 するとその弱い人は、貴方の知識によって滅びる事になる。この弱い兄弟の為にも、キリストは死なれたのである。
12 このように貴方方が、兄弟達に対して罪を犯し、その弱い良心を痛めるのは、キリストに対して罪を犯す事なのである。
13 だから、もし食物が私の兄弟を躓かせるなら、兄弟を躓かせない為に、私は永久に、断じて肉を食べる事はしない。
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