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2019年10月23日00:00

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ローマ10章

01 兄弟達よ。私の心の願い、彼らの為に神に捧げる祈は、彼らが救われる事である。
02 私は、彼らが神に対して熱心である事は証するが、その熱心は深い知識によるものではない。
03 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。
04 キリストは、全て信じる者に義を得させる為に、律法の終りとなられたのである。
05 モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている。
06 しかし、信仰による義は、こう言っている、「貴方は心の内で、誰が天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろす事である。
07 また、「誰が底知れぬ所に下るであろうかと言うな」。それは、キリストを死人の中から引き上げる事である。
08 では、何と言っているか。「言葉は貴方の近くにある。貴方の口にあり、心にある」。この言葉とは、私達が宣べ伝えている信仰の言葉である。
09 即ち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスを蘇らせたと信じるなら、貴方は救われる。
10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
11 聖書は、「全て彼を信じる者は、失望に終る事がない」と言っている。
12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求める全ての人を豊かに恵んで下さるからである。
13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、全て救われる」とあるからである。
14 しかし、信じた事のない者を、どうして呼び求める事があろうか。聞いた事のない者を、どうして信じる事があろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞く事があろうか。
15 遣わされなくては、どうして宣べ伝える事があろうか。「ああ、麗しいかな、良き訪れを告げる者の足は」と書いてある通りである。
16 しかし、全ての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、誰が私達から聞いた事を信じましたか」と言っている。
17 したがって、信仰は聞く事によるのであり、聞く事はキリストの言葉から来るのである。
18 しかし私は言う、彼らには聞えなかったのであろうか。否、寧ろ「その声は全地に響き渡り、その言葉は世界の果てにまで及んだ」。
19 尚、私は言う、イスラエルは知らなかったのであろうか。まずモーセは言っている、「私は貴方方に、国民でない者に対して妬みを起させ、無知な国民に対して、怒りを抱かせるであろう」。
20 イザヤも大胆に言っている、「私は、私を求めない者達に見いだされ、私を尋ねない者に、自分を現した」。
21 そして、イスラエルについては、「私は服従せずに反抗する民に、終日私の手を差し伸べていた」と言っている。
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