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2021年06月04日22:55

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小倉擬百人一首 白井權八 歌川國貞(三代豐國)畫

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周防内侍 春の夜のゆめばかりなる手枕に かひなくたゝん名こそをしけれ

彼村正の切味は色にも手練の若衆より八重梅うたふ土手節は其通ひ路の業呉事一節切とは名を聞もいと憂し 柳下亭種員筆記

Wikipedia平井權八(白井權八)“因幡國鳥取藩士であつたが、數へ18歳の1672年(寛文12年)秋、父・正右衞門の同僚である本庄助太夫(須藤助太夫とも)を斬殺して、江戸へ逃亡(退去とも)した。新吉原の三浦屋の遊女・小紫と昵懇となる。やがて困窮し、辻斬り(強盗殺人)を犯し、130人もの人を殺し、金品を奪つたとされる。”
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