カイヅカイブキの香りがします。
青い木の匂いに、少し苦味を足した香りです。梅雨のころになると、香りが高くなるのでしょうか。住宅街を歩いていると、不意に香ってくるのです。
カイヅカイブキは、幼稚園のころまで住んでいた豊中市営住宅の家の垣根に植わっていました。だから、私には身近な庭木であり、懐かしい香りです。
カイヅカイブキの香りがすると、思わず、ほほ笑みます。笑うのではなく、ほほ笑むのです。笑いは、相手があってのことです。向かい合った相手に対して笑う。受信機から流れてくる落語や漫才の音声に釣られて笑ってしまう。この場合も、落語家や漫才師という「仮想」の相手がいるわけです。
思わずほほ笑むのは、誰に向かってということはありません。あえていえば、自分に向かってです。カイヅカイブキの香りであることに気づいた自分に向かって、ほほ笑むのです。派手に笑うのではなく、静かにほほ笑むのです。
こう書いていて、ほほ笑んでしまいます。
自分に対して? さあ、どうだか。
笑いもせず、ほほ笑みもしないカイヅカイブキは、ただ静かに香りを放っています。
それを私は静かに、しかし深く、吸い込んでみます。ほほ笑みを、かみしめながら。
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