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2015年11月03日23:54

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私的見仏記@善明寺と上染屋不動堂

けふは文化の日!
つうことで(?)、久々に見仏だけを目的に出かけて来ましたm(_ _)m

文化の日の前後、10月下旬〜11月初旬にかけては、「東京文化財ウィーク」と称するイベントが毎年開催されてます(1998年〜、今年で18回目)。
都内各地の文化財を、普段は非公開のものも含め、一斉に公開しようという大規模な催しです。
【東京文化財ウィークHP】http://www.syougai.metro.tokyo.jp/sesaku/week.html
この催しの中で、都内におわす秘仏も何躯か御開帳されるんですが、本日は、共に国の重要文化財にも指定されてる秘仏、2件を見仏しに、府中までプチ遠出して参りました!
ダブルヘッダー明けの半休で、前日と合わせても3時間しか寝ておらず、遠出をするには体が重かったんですが、いずれも年に1〜2日の公開という、滅多にお目にかかれない仏様です。この機会を逃してはならじ! と、疲れた体にムチ打って京王線に乗車、まずは「府中駅」から善明寺へ向かいました。

駅西の、天然記念物にも指定されてる見事なケヤキ並木をまっすぐ南下して行くと、武蔵国総社・大國魂神社の境内に突き当たります。わしにとっては「御朱印デビュー」を果たした記念すべき神社でもあります。
この大國魂神社境内の西側、数百m離れた地に建つのが善明寺。
フォトフォト
《↑山門(左)と本堂(右)》
ちな、京王線の府中駅からは10分程かかりますが、すぐ南(徒歩3分程の距離)にはJRの府中本町駅も。

決して大きなお寺ではないですが、境内に建つ「金仏堂↓」には、重要文化財に指定されている2躯の鉄仏(※1躯は附指定)が祀られてます。
フォト
お堂の中央に、ドドーン! て感じで安置されてたのが、鉄造阿弥陀如来坐像。
帰宅後にネットなどで調べてみると、像高は170cmちょっとらしいんですが、現地で見た感じでは、もっと大きく見えました(まあ、坐像で170cm超ですから、それでも十分大きいんですが)。
全国に50躯ほどが現存する近世以前の鉄仏のうち、「最大の坐像」だそうで、鉄という素材の重量感も相まってか、貫禄のお姿でした。しかし、威圧的であるとか、迫力があるとかいうのではなくて、その像容から受ける印象は「ホンワカした感じ」「癒し系」「ゆるキャラ的」(失礼?)。どこか親しみを覚える風貌で♪
お顔はかなり「ポッチャリ」しておられました。あと、お腹の前でしっかりと結ばれた「阿弥陀定印」と、大きな福耳が、やけに印象に残ってます。
左肩のところには銘文があり、鎌倉中期の建長5(1253)年の造像であることがわかるそう。すぐ東隣の大國魂神社に伝わってきたものが、近代の廃仏毀釈の際に、こちらのお寺に移されたのだとか。
また、この像の向って右側には、やはり鉄造の阿弥陀如来立像も安置されてました(文化財指定は附)。
像高は1m程。隣におわす大鉄仏坐像の胎内仏だったとも伝えられてるそうですが、遠目には(お堂の中には入れず、入口からの拝観でした)作風は異なるように見受けられました。こちらの像の方が、衣紋線などの細工がこまかく、より洗練されてる感じで。
いずれにしろ鉄仏は、仏像のメッカ・関西ではむしろほとんど見られない、関東地方の特色をあらわす造法です(現存およそ50躯のうち、30躯は関東一円にあり、10躯程が東海地方にあるそうです)。「東京の文化財」と呼ぶに相応しい仏様だと思いましたm(_ _)m
あと、当寺は小さいながら、↓お庭もなかなかステキな風情あるものでしたよ♪
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続いて、京王線を新宿側に2駅戻り、「多磨霊園駅」で下車。本日のもう1躯の「お目当て」がおわす、上染屋不動堂へ向かいます。
駅北口を出たところから斜めに伸びる「東郷寺通」て通りを道なりに進んでくと、10分ほどで「不動尊前」て交差点に出ます。そのすぐ脇にある小さなお堂が上染屋不動堂です。
ちな、西武多摩線の白糸台駅からだと北西に5分程の距離ということですm(_ _)m

こちらには、国の重要文化財に指定されてる銅造阿弥陀如来立像がおわします。
毎年1月28日と、「東京文化財ウィーク」の一環で11月3日、年に2日のみ公開するのが習わしのようです(※開扉の日が雨天の場合は、レプリカを公開するそうです)。
フォトフォト
《↑不動堂(左)と、境内入口の様子(右)》
境内入口にはテントが張ってあり、町内のおじさん方(?)が屯しておられ、記帳を頼まれたので住所氏名を記し、「拝観のしおり」と、重文阿弥陀様のお写真がプリントされたポストカードをいただきました。拝観無料なのにこのサービス♪ ありがたいですm(_ _)m
で、敷地奥にある不動堂に参拝し、畳敷きの狭い堂内に上がらせてもらって見仏を開始しました。

堂奥の、一段高くなってる祭壇の上に、左に不動明王、右に阿弥陀如来の立像が安置されており、わしは最初、てっきりこの阿弥陀立像が、今回特別開扉の重文の阿弥陀様だと思ってたんですが、、、実は違ってまして(;´∀`)
まあしかし、この像もかなり精緻な造りの古そうな像でした(いま思えば、この像が雨天の場合に公開するというレプリカなのかも知れません)。一方のお不動さんは、四頭身とか五頭身くらいなちょっと素朴な造りの像でしたね。

で、お堂から出て、すっかり見仏を終えた気になって帰路に就こうとしたところが、ふと参道脇に目をやると、重文阿弥陀如来立像の由来や何やを書いた解説板↓があるのを発見、足を止めてこれを読み、それで気づいたのでした。
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その解説板のすぐ横に、別のお堂↓が建ってるのを。
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《↑奥に見えるのが不動堂》
そう、実際の重文阿弥陀如来立像は、こちらの「奉安庫」に安置されていたのでした(;´∀`)
あぶねっ、気づかず見逃すとこでした。。。

現地の解説板や、頂いて来た「拝観のしおり」によると、、、
こちらの不動堂、及び仏像は、当地のすぐ北にある「上染屋八幡神社」というお社が管理してるみたいです。
近代の廃仏までは、不動明王を本尊とする「玉蔵院」というお寺があり、ここが八幡神社の別当寺でもあったみたい。その後身が現在の不動堂ということのようです。
重文の阿弥陀様は、鎌倉末期の武将・里見義胤の念持仏であったと伝える仏像で、義胤が元弘3(1333)年、新田義貞の軍に属して鎌倉攻めに加わった際、この阿弥陀像を奉じて戦いに臨んだとされてるみたい。

こちらの像は写真撮影も可ということだったので、御姿を撮って来ましたm(_ _)m
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像高は約50cm。前述のとおり銅造で、もとは、善光寺式の阿弥陀三尊像であったものの中尊だとされてるみたいです。
右手は施無畏印、左手は「ピース・サイン」を逆さにしたような印(わしの持ってる『仏像事典』によると、たぶん「刀印」だと思います)を結んで、厳かに立っておられました。
背中側には銘文が彫ってあって、弘長元(1261)年に上野国(現群馬県)で造られたものだというのが判明してるそう。
お顔立ちもプロポーションも、そして衣の流れまで、極めて整った、美しい容姿の像でした♪



つうわけで、どちらの重文仏も、疲れた体を奮い立たせてわざわざ見に伺っただけの価値はある、ステキな仏様でしたヨ!
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