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2020年08月07日21:55

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建築と言語について。(書いたものを、まとめてみた。)


都市と建築へ。

建築がめざしたところのものが、
施工の明確さもそなえて、予期せぬものに

うまく、着地ができる場合があり、

なにものか

わかる人には、何か、わかるもの、

あるいは、心地よさの手触り、
(シュタイナー建築的なもの。)
アルゴリズムなものの、
知的な快楽的のようなもの、

浮かんでくる丹下健三先生の
笑っていらっしゃる姿、

フジテレビで、浮かんできた、近代の巨匠、ル・コルビュジエなど。都市と建築へ。

都市と建築ばかりを考えて、いたりすると、ファッションにまで、ゆきつく。

イヴ・サンローランは夜の会の服が
基調だ。都市と快楽、夜。

建築は何ものか、美しくあるか、どうか、だが、

美人というのかな、明らかに
得をするような生命の回復には
美の天使、天上の至福、今すぐ男女などが、混交する。生活は整理され、
混交にはなるが、
建築がめざした一義性はやはり、
美のあるところのものであることだ。
審美的なものは一瞬でわかる。
都市と建築。

空間は自由な多元的なリベラルな
都市の実装を
ひとつの建築において、
すなわち、建築のしがらみ自体を揚棄して、

生命がすなわち、豊かに着地できる
精神の生き生きとした
芸術性にすらなるのだ。

最早、建築じたいに何か、崇高なものを、求めてはいけないのか?否、物は物自体で何ものか、を、語る。
それを応用した言語学からの設計は
しゃべりことばの物語なのだ、
空間は何ごともないが、
質的な時間性は定在的な質的な救済を
名人芸、いや、巨匠の建築を

永遠に生きれるかのような
時間を

やはり、豊かさ、建築の、

というべきだろう。
空間は謎でもあるが、
設計の正確さは、
物に語らせた詩でもあり得るであろう。

ある演説について。物と言語

物を語っているときに、「物」が語っているときがあります。

「物と言語について」

物の超越性と言語と意識。

言語の自己意識。

建築と言語




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