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2016年11月21日10:18

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キューバ音楽との出会いの旅/セプテート・ナシオナール

2001年12月29日に発行された「そんりさ」VOL.70に掲載された原稿です。何せ、15年も前の原稿のため、文中、紹介したCD等は入手困難になっていると思います。悪しからず。
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セプテート・ナシオナールの正式名称は、現在もなお、「セプテート・ナシオナール・デ・イグナシオ・ピニェイロ」である。同グループの不滅のリーダーである、故イグナシオ・ピニェイロは一八八八年、ハバナの下町で生まれ、様々な職業やストリィート音楽のシンガーを経て、その才能をマリーア・テレーサ・ベラに見出されて、一九二六年に彼女の「セステート・オクシデンテ」にベーシストとして、参加する。このグループは結成後たった一年で、マリーア・テレーサ・ベラ自身の脱退によって消滅してしまうが、ピニェイロは自らがリーダーとなって新たにセステート(のちにセプテート)・ナシオナールを結成、一九二〇年代のキューバにおけるソンの創成期を文字通り代表するグループとして、その活動を継承していくことになるのである。
七年後の一九三四年にはピニェイロは同グループを脱退するが、それまでのいわば「第一の黄金期」のセプテート・ナシオナールの名曲の数々は、現在、田中勝則氏の選曲による国内盤『セプテート・ナシオナール・デ・イグナシオ・ピニェイロ』(RICE/CSR401)で、聴くことが出来る。
田中氏はそのアルバムの解説の中で、一九二〇年代から三〇年代にかけて、共にソンの興隆期を担ったグループであるセステート(のちにセプテート)・アバネーロとの比較で、「アバネーロはソンの基本形を作ったグループ。しかしナシオナールは、それをさらに発展させ、より濃厚な味を持った、まさにナショナル・ミュージックとしてのソンを作り上げた」グループであると、そう述べている。
ピニェイロ脱退後のセプテート・ナシオナールは、トランペット担当のラサロ・エレーラが新たなリーダーとなって活動を継続していくが、一九五〇年代なかばに再び、ピニェイロがグループに復帰する。中村とうよう氏が「キューバ音楽の五枚の中に入る名盤」と絶賛するシーコ盤の『SONGS CUBANOS』(SCCD9278)はこの時期に、ピニェイロ自身も参加し録音されたアルバムではないかと考えられており、まさに演奏家・作曲家としてのピニェイロの集大成とでもいうべき、伝統回帰色の強い作品に仕上がっている。私が持っているのは輸入盤だが、中村とうよう氏の解説付きの国内盤(PCD2147)も発売されており、共に今もタワーレコートドやHMVなどの大手CDショップで、入手可能である。
それに対し、『SONERROS DE CUBA』(CPMCD5359)は何と一九九八年にハバナで録音された、たぶんもっとも新しいセプテート・ナシオナールのアルバムである。一九二七年の創立からすでに七十数年が経過し、結成当初のメンバーはもちろん、皆無である。一九五〇年代なかばにいったん復帰したピニェイロも再び同グループを去り、一九六九年には没している。ピニェイロが再び去った同グループを引っ張ってきたのは前述のラサロ・エレーラだが、そのエレーラも、また、エレーラ引退後に新たなリーダーとなったカルロス・エンバーレも、引退したか死亡して、すでにそのメンバーには加わっていない。
つまり、このアルバムのセプテート・ナシオナールは、メンバー的にはおそらく実際にピニェイロに会った人など誰一人としていないに違いない、まったく新しいグループなのだ。にもかかわらず、このアルバムにはセプテート・ナシオナールの伝統と誇り、その魅力がぎっしり詰まっており、しかも単なる伝統復帰ではない新風がある。何よりも現代のダンス音楽としてのスピード感があり、同時に、そうだ、これがキューバのソンなんだといえる、独自の哀愁感がある。伝統を踏襲しつつも、常に変化し続けていくグループ、それが現代のセプテート・ナシオナールなのだ。是非、聴き比べていただきたい。

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