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2016年11月20日09:56

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キューバ音楽との出会いの旅/マリーア・テレーサ・ベラ(その1)

以前、「そんりさ」というミニコミ情報誌に連載していた、拙稿「キューバ音楽との出会いの旅」の原稿の一部が、出てきました。残念ながら、バックナンバーが揃っておらず、ところどころ、抜けていますが、今、再録しておかないと、完全に四散してしまうと思いますので、随時、ブログにアップしておくことにしました。まずは、2001年9月22日に発行された『そんりさ』VOL.68に掲載された「マリーア・テレーサ・ベラ(その1)」です。連載第3回目にあたります。
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先日、渋谷のオーチャードホールで行われた、現代のキューバを代表する偉大な女性歌手のひとりであるオマーラ・ポルトゥオンドのコンサートに行った。もちろん、大変素晴らしいライブだったが、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の日本でのブームもやや下火になり始め、また、今回の来日が初めてではないこともあってか、二階以上には空席も目立った。
そのオマーラの十数曲におよぶ文字通りの熱唱の中で、一際大きな拍手が巻き起こったのは、彼女がライブの前半で、「Veinte Anos(nの上には〜がつきます、二〇年)」を歌い始めた時のことだ。この哀愁に満ちた名曲は、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のアルバムにもオマーラとコンパイ・セグンドのデュオで入っており、また、以前の来日公演でも度々披露している彼女のいわば十八番のひとつなので、知っている人が多かったためだろう。
この「二〇年」の作曲家は、いうまでもなく、キューバでもっとも偉大な女性歌手(といいきってしまって、いいだろう)マリーア・テレーサ・ベラである。実はオマーラは今回のライブでもう一曲、「He Perdio Contigo(君には負けたよ)」というマリーア・テレーサ・ベラの歌を歌っている。これらの曲はオマーラの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブプレゼンツ オマーラ・ポルトゥオンド』(WPCR19040)というアルバムに収録されている。マリーア・テレーサ・ベラ自身の歌うこれらの曲は、ディスコ・カランバから以前出ていた『キューバ、いにしえの歌』(CRACD205)という彼女のアルバムで聴くことが出来たが、残念ながら現在は廃盤になってしまったようだ。前者だけなら最近出た『マリーア・テレーサ・ベラ リバイバル』(OMCX1066)にも収録されているが、このアルバムについては後述する。
マリーア・テレーサ・ベラがキューバ西部の街・グァナハイで生まれたのは一八九五年、まだ一九世紀のことである。子供のころに家族と共にハバナに移住した彼女は、そこで多くのトロバドールたちとの交流を通して、トローバの歌い手として、頭角を現していくことになる。「マッチョ(男性優位主義)思想が支配的なラテン諸国、しかも二〇世紀の最初の二〇年間という時代に、女性が芸能で生きていく為には様々な困難が待ち受けていただろう」と、アオラ・コーポレーション代表の高橋政資氏は前述の『リバイバル』の解説の中で、そう書いている。
マリーア・テレーサ・ベラがデビューしたのは一九一一年のことだが、一九一六年にラファエール・セケイラと出会い、当時としては斬新なスタイルであったデュオを組んで、その音楽活動を本格的にスタートさせていくことになる。このセケイラとのデュオは彼が亡くなる一九二四年まで続き、多くの名曲を残しているが、この時代の楽曲はごく最近まで未復刻のままで、誰も聴くことが出来ない幻の名唱だった。
ところが一九九七年にスペインのTUMBAOレーベルより当時の音源が復刻され、マリーア・テレーサ・ベラのまだ若々しく、なおかつすでに気品に満ちあふれた素晴らしい歌声を、実際に聴くことが出来るようになった。私が持っているのはTUMBAO盤ではなく、『MARIA TERECE VERA Y RAFAER ZEQEIRa/ME PARECE MENTIRA』(MLN55014)で、渋谷のタワーレコードで最近、偶然に手に入れたものだが、アオラの高橋さんに確認したところ、TUMBAO盤と同一内容のものだという。古い音盤からの復刻のためノイズが入り気にならないわけてではないが、晩年の彼女の歌声しか知らない私にとっては、涙が出るほど素晴らしい、宝物のような1枚になった。是非、入手して聴いていただきたい。(以下、続く)


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