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2021年07月21日04:50

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ミュージシャン小山田圭吾、五輪楽曲制作担当を辞任、子どもの頃に障害者などを虐めたことより大人になってからも雑誌に吹聴した精神の荒廃こそ五輪失格

 御難続きながらも開幕まであと数日に迫った東京五輪に、またケチがついた。オリンピックとパラリンピックの楽曲制作担当のミュージシャン小山田圭吾なる人物(写真)が、かつて小中学生時代、知的障害の同級生たちに多数に陰湿な虐めを加えていたことが、ネットで批判され、さらに海外メディアにまで批判報道され、ついに19日に辞任したのだ。

◎大人になってもなお「虐め」を勲章にした荒廃した精神
 報道によると、五輪組織委は14日、開閉会式の制作・演出チームの一員として小山田圭吾を起用することを発表。その後に、小中学生時代の虐めがネット上で暴露された。
 子どもの頃の虐めを反省するどころか、1994年に音楽雑誌『ロッキング・オン・ジャパン」に、95年には『クイック・ジャパン』(写真)に、まるで手柄話のように語っていたという。
 僕は、音楽に疎いので、小山田圭吾なるミュージシャンの名を初めて知った。
 虐めは許せないけれども、もっと人間的に問題で恥知らずな輩であると思ったのは、子どもの頃の「過ち」を、成人になった後にも得々とメディアに語っていたということだ。
 障害者、弱い者を虐めることは勲章だと思っていたのだろうか。若い頃の恥知らずな行為を、大人になっても正せず、それを公言するなど、この人物の歪んだ精神は病んでいるとしか思えない。その1点で、小山田は糾弾され、五輪の檜舞台から葬り去られるに値する。
 
◎なぜ止められなかったか、中学時代の恥多き僕の苦い想い出
 それで、思い出した。僕の心の傷となっている中学時代の苦い想い出を。
 今なら「特別支援学級」に通うレベルだと思うが、昔の田舎の学校のことだ。軽い知的障害のあるその女の子も、僕のクラスにいた。授業の内容はほとんど理解できなかったと思うが、彼女は騒ぐでもなく、ふらふら歩き回るでもなく、じっと机の前に座って授業を受けていた。
 そんな女の子を、同級生がからかい、あるいは嘲笑する。
 さすがに恥ずべきことと理性が出来ていた僕は、自分でこそからかいの輪には加わらなかったが、級友たちのその行為を止めなかった。
 また別の体の小さな男子同級生が、しょっちゅう体の大きな粗暴な男子に虐められていた。それも、止めなかった。

◎虐められる側に回ることを恐れた
 止めれば、僕が虐められる側になると恐れたからだ。母子家庭で貧しく、服装はみすぼらしかった。体も大きいとは言えなかった。虐められる素地は揃っていた。それでも僕が虐められなかったのは、成績がクラスでトップ級で、級友たちから敬意をもたれていたからだろう。
 しかし、今でもあの頃のことを思い出すと、臆病・卑怯だった自分を恥ずかしいと思い、時として心が疼いた。そこに、小山田圭吾のトンデモ行状が飛び出した。
 ネットで非難が殺到したのも、彼が普通の大人の常識を欠いていたからだ。それが、フェアプレーの最も重視される五輪の舞台に立つ――ありえないだろう、と思う。
 小山田圭吾が今、社会的にバッシングされてもしかたがない、と思うのだ。そして噛みしめるが良い。自分がかつて虐めた者たちの悔しさ・悲しみを。
 なお一部に小山田を擁護する声もあるというが、そうした連中は「虐められた側」への想像力も著しく欠いている。「虐められた側」は、その頃、生きながらの地獄の日々を送っていたということを。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202107210000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「ナイル川の水争い、エチオピアが巨大ダム「大エチオピア・ルネサンスダム」貯水開始か、緊張高まる」https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1976366449&owner_id=1833966

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年07月22日 16:18
    こんにちは
    Kawanobuさんにも苦いことがあったんですね。

    私には 小学3年生の頃、女子が一丸となっていじめていた男の子が頭に浮かびます。なぜその子が対象になったのかはっきりわかりませんが、私の中では色白でやけに唇の赤い男の子だったことが腹立たしかったのは覚えています。私が先頭にたってたわけではありませんが、確実にいじめていました。冷やかしたり、触るな!とか言っていたと思います。しかし毎回、男子が数人で対抗してきて彼を守って、いつも男子対女子の争いになり、タイムアップで喧嘩終了となっていたので、色白男子は、喧嘩の試合開始の旗だったのかもしれません。ただ私には明確に嫌いの動機があったので、4年生で新設校に移ったときは少し安心しました。
    しかし心に棘は残りました。手を出したり肉体的な苛めはまったくなかったけれど、言葉の暴力はあったのですから。
    その彼と中学で顔を合わせた時は 微妙な気持ちでした。私のほうが逃げていたような惨めさを感じました。友達ではない。そう自分の心にバリアみたいなものを張ったかもしれません。実際離れたグラスで接触もなかったのですが。

    ところが 10年前、同窓会の役員で彼が現れて、また苦い記憶が甦ったのです。今度こそ謝ろうと思い決意したのですが、彼がまったく普通に気持ち良く友達として接してきて、なんだかうやむやになってしまったのです。
    忘れてしまったのか、私が思っているほど酷いことはなかったのか、なんだかもう蒸し返すことができなくなってしまいました。
    もし彼が、許してくれていたのなら、棘はこのまま私の胸の中で持っていよう、それが私への罰なんだなと思い、今にいたります。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年07月23日 06:00
    まろん姫さん

     おはようございます。
     子どもの頃の今も疼くような苦い記憶ですね。
     まろん姫さんが虐めたという男子は、いつも虐めの口火を切った女子は確実に覚えているでしょうが、まろん姫さんは集団の中の1人なので、記憶に残っていなかったのかもしれません。
     でも虐めた側も、このように記憶に残りますよね。それも苦い想い出として。
     大人になっても、それを苦い思い出ではなく、武勇伝として語るなど、小山田圭吾のような男は人間失格です。大人になってからも、仲間の中の弱い者を虐めていたのでしょう。
     さて、まろん姫さんが虐めたという男子、成人してからまろん姫さんの前に現れたのですが、全く忘れたわけではないと思います。ただそれほど酷い女子とは思っておらず、それに今さら、という気もあったのでしょう。大人の態度ですね。
     「それが私への罰」と思われるまろん姫さんのような自省が、虐めた側に欲しいと思います。それがないと、大人になっても弱い者を虐めますから。

    kawanobu

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