「魔女の雑草（witchweed）」とも呼ばれるストライガという植物を、僕は最近、ある科学誌で知った。
◎日本には無いが、アフリカでは農作物に１０００億円もの被害
日本には無い。厳重な植物検疫で、日本への持ち込みが禁止されているからだ。しかしストライガが猛威を振るうアフリカ反乾燥地帯では、感染地域は日本国土よりも広い４０万平方キロにも及び、年間被害額１０００億円を超えるという。
そのため２０１０年のアメリカの科学誌『サイエンス』で 世界の食糧安全保障を脅かす７大病害の１つと名指しされたほどだ。
ハマウツボ科の双子葉植物だが、その花は紫色で美しい（写真）。園芸植物として日本に持ち込まれていないのは、ストライガの特徴のゆえだ。
◎イネ科に寄生し、侵入されたら根絶困難
この植物は、ソルガム（モロコシ）、イネ、トウモロコシなどのイネ科穀物の根に寄生し、その根から養分と水分を奪い取って成長する。イネ科植物の無い所では、発芽できない（完全寄生植物である）。だから園芸植物に不向きなのだが、それは日本農業にとって幸いであった。
もし日本に入り込んだら、イネやトウモロコシ、ムギに大被害をもたらすだろう。
僕は、被害地の１つと思われるエチオピアを４年半前に訪れ、北部農村のソルガム畑にも入ってみたが（写真）、ストライガ被害には遭っていなかった。
これがアフリカ農業で恐れられているのは、１度、畑に侵入し、イネ科作物に寄生される、駆除が極めて困難だからだ。非イネ科作物に転換するしかない。アフリカ半乾燥地帯のような粗放農業地帯では、イネ科以外の作物で高収量を見込める作物はない。
◎風に飛ぶ小さな種子は土中で３０年以上も宿主になるイネ科植物を待てる
前記のようにアフリカ半乾燥地帯で猛威を振るっている秘密は、種子にある。ストライガの種は直径０．２ミリメートルと極めて細かいから、風に埃のように舞い、遠くまで飛んでいく。１度、土の表面に着いたら、３０年も４０年も発芽能力を失わず、近くに寄生できるイネ科植物の来るのをじっと土中で待つことができる。
イネ科植物が来ると、発芽し、数日のうちに宿主植物の根に侵入を開始し、養分と水分を奪って茎を伸ばし、ついには宿主のイネ科植物を圧倒するまでになる（写真）。
茎を伸ばし始めて１０週ほどで開花し、前記のように小さな種をつける。１個体で実に約１０万粒もの種子を付け、また風に乗って周辺にばらまかれるのだ。
『サイエンス』が安全保障の脅威と名指ししたのも、分かるだろう。
◎共生関係の菌根菌呼び寄せるストリゴラクトンの機能を乗っ取る
では、なぜイネ科植物はストライガを誘導するのか。研究によって、イネ科植物の根が分泌する化学物質ストリゴラクトンによって種子が目覚めさせられることが分かった。
しかしそれでは、なぜイネ科植物は自らの養分を横取りする敵を目覚めさせるためにストリゴラクトンを分泌するのか。敵から養分を奪われれば、自らはやがて枯れてしまう。自らの遺伝子の存続を犠牲にしてまで敵を利すなど、普通では考えられないことだ。
２００５年に日本の研究者によって、ストリゴラクトンは土中の菌根菌というカビを引き寄せる働きがあることが分かった。菌根菌は、宿主植物の根の細胞に入り込むと、地中に菌糸を延ばし、リンなどの養分や水分を吸収し、宿主に渡す。その代わりに菌根菌は、宿主植物が光合成で作った栄養をもらうのだ。つまりイネ科植物と菌根菌は、共生関係にある。
◎植物界の「ハイジャッカー」
その仕組みをストライガは巧みに利用し、いわば菌根菌の代わりにイネ科植物に取り付く能力を獲得したらしいのだ。いわば植物界の「ハイジャッカー」である。
今、日本を含む世界中の農学研究者がストライガ撲滅の対策の研究に没頭しているから、いずれストライガを枯らす農薬が開発されるだろう。
それにしてもストライガは、宿主を枯らし、畑を完全にハイジャックしてしまうほど貪欲であることがいずれは命取りになる。せめて共存するくらいに留めておけば、これほど目の敵にならなかったものを――。
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