台湾の李登輝・元総統（写真）が３０日、台北市内の病院で死去した。９７歳の長寿を全うした。
◎スターリニスト中国から「中華民族の永遠の罪人」などと罵られ
李登輝氏と言えば、偉大な２つの功績を忘れられない。国民党の蒋介石、蒋経国の世襲独裁から台湾を平和的に民主化させたこと、そしてスターリニスト中国から「中華民族の永遠の罪人」などと口汚く罵られるほど台湾独立を志向した人だった。
今年１月に蔡英文総統を圧倒的多数で再選させるほどの民主的に繁栄する台湾の礎を築いた。
生まれは台湾で、日本からの独立後に国共内戦で敗れて大陸から逃れてきた国民党系の人たち（外省人）と肌合いを異にした本省人であった。戦後の台湾の政治は、たった２割の外省人が、国民党の蒋介石の独裁で、今のスターリニスト中国のような息の詰まる恐怖専制政治を敷いていた。
◎国民党の苛酷な弾圧体制の戦後台湾
その典型が、１９４７年２月２８日から始まった国民党の白色テロル二・二八事件であった。
主として本省人が弾圧の対象にされ、今も実数不明ながら、虐殺された犠牲者は数万人の規模になったとされる（２０１０年２月１７日付日記：「台北紀行�� 戦後台湾の最大の悲劇『２．２８白色テロ』を知っていますか？：李登輝、侯孝賢、『悲情城市』、台北二二八紀年館」を参照）。
二・二八事件については、侯孝賢監督の『悲情城市』で日本にも知られるが、僕は２０１０年１月に台北の二二八和平紀年公園に建てられた「台北二二八紀年館」を訪れ、あらためて白色テロルの凄まじさを実感した（写真＝上は同紀念館、下は展示されていた当時の弾圧の模様）。当時、台湾に帰国して台湾大学に在籍していた李登輝氏も、難を逃れ、一時、身を隠していた。
そうした政治風土が長く続いた台湾で、李登輝氏は、蒋介石の息子の蒋経国の死後、副総統職から総統に就任、徐々に民主化を進め、ついに今日の民主台湾を実現させたのだ。
◎蒋経国に見出され副総統にまで昇進と、蒋の死後に総統に
国民党に入党後、農業専門家として蒋経国の知遇を得て、台北市長、さらには１９８４年、副総統にまで抜擢された。これが国民党独裁の墓穴を掘ることにつながる。
蒋経国が本流の外省人ではなく、本省人の李氏を副総統にしたのは、歴史の偶然だが、蒋経国自身、若い頃にソ連のモスクワに留学していたこともあり、時代の流れを見ていた末の判断だったのかもしれない。また蒋も、周囲の国民党要人も、学者上がりの李氏を御しやすい「素人」と見ていたようだ。
そして蒋経国の死により１９８８年に総統代行、そして９０年に総統に選出される（ただしこれは民主的な直接選挙ではなかった）。
この間、李氏はたくみに外省人の国民党保守派の権力を掘り崩していく。
◎国民党独裁支配を正当化していた「万年代表」国民大会を廃止
その仕上げが、「万年代表」として大陸で選出されて以来、議席に居座り続けた国民大会の改造・事実上の廃止である。驚くべきことに、国民党がまだ全中国を支配していた１９４７年に選出された議員が、李氏の総統就任時にもまだ非改選のまま居座り続けていたのだ。
名分としては、共産党が支配した大陸で選挙ができないから、というのだが、要するに台湾の外省人支配と国民党独裁を正当化する「化石議会」であった。
しかし化石議会でも、総統は国民大会で選ばれる仕組みだったから、場合によっては李氏は総統職を解任される可能性もあった。
李氏は、巧みな手腕で国民党ボス議員たちを引退させ、国民大会を住民の直接選挙による立法会に改組した。
◎初の民主的な直接選挙で総統に当選
国民党のボス支配を終わらせ、１９９６年には初めて総統直接選挙を行い、李氏は台湾で、いや全中国でも初めて民主的な選挙で総統に選ばれた（国民大会での選出も含めて再選）。そして自由と民主化の深化を進めた。
２０００年の任期を終えるに当たり、李氏は後継者に国民党の腹心を推したが、実際は野党で台湾独立を掲げる民進党の陳水扁の当選を望んでいたという。実際、与党・国民党の分裂で、陳水扁氏が初めて野党候補として台湾総統に当選した。
◎台湾独立の「二国論」提唱
李氏は、スターリニスト中国との合作は最初から考えてはいなかったが、９６年の直接選挙による再選後は、少しずつ大陸との距離を遠ざけていく。９９年には「二国論」を唱え、台湾独立の立場をはっきりさせた。
こうした立場は、スターリニスト中国を刺激させずにはおかない。９６年の再選後は江沢民の融和路線を排し、「李登輝を批判し、武力を以て威嚇する路線」の恫喝にさらされ（台湾海峡ミサイル危機）、台湾独立の信念を固めた。まさに今日の香港の悲劇を見据えた対応であった。
２０１２年の総統選では、再選を狙い、スターリニスト中国との合作を志向する現職総統・馬英九に対抗して民進党から立候補した蔡英文氏を支持を表明し、蔡氏当選の力強い後押しをした（写真＝２０１２年、当選した蔡英文氏と歓喜する李氏）。
◎大の親日家で退任後９回も訪日
李氏は、親日家でもある。戦中に京都帝大に進学し、日本統治時代に教育を受けたこともあり日本語に堪能で、総統退任後に９回も訪日をするほど「日本大好き」の政治家であった（写真＝上は退任直後の２００１年の初訪問、京大在籍以来の日本だった、下は２００４年の訪問時に金沢の兼六園を見学）。李氏訪日に際しては、その都度、スターリニスト中国が常に訪日妨害を試みているが、失敗している。
そして真の友人として、東アジアで指導力を発揮できない日本を時には叱咤激励、苦言も呈した。
かつて作家の司馬遼太郎が台湾に旅した際は、日本語で対談している。飾らぬ性格で、司馬も好感を抱いて著書『街道をゆく 台湾紀行』でその人柄を描いている。
香港が、一国一制度でスターリニスト中国の植民地となった現在を鑑みても、李氏が台湾の民主化を確立したことは、スターリニスト中国による台湾統一の野望を挫折させたことの大きさを思い起こさせるのである。
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