患者家族にとって、一日千秋の思いで待っているアルツハイマー病認知症治療薬だが、そのわずかに掴める「藁」とも言うべきエーザイとアメリカのバイオジェン社が共同開発している「アデュカヌマブ」――1度は「有効性の証明が難しい」とされて消えたはずのアデュカヌマブが、ひょっとすると再び蘇るかもしれない(19年7月28日付日記:「アルツハイマー型痴呆症を人類は克服できない? 生物の限界を考える;追記 英でEU強行離脱のジョンソン政権発足」を参照)。
◎投与量を増やすと効果
昨年12月5日、カリフォルニア州サンディエゴで開かれた国際会議「アルツハイマー病臨床試験会議」は、定員1500人の大会議場が溢れるほどの傍聴者で超満員となったという。
会議では、バイオジェンの開発担当者がアデュカヌマブの投与量を、安全上許される上限の量まで増やした患者の認知機能の低下が22%の患者で抑えられたほか、日常生活の影響も40%で抑えられた、と報告した(写真=アメリカでのアデュカヌバムの治験。点滴で投与される)。
会場では、この発表はポジティブに受け止められたという。
1度は治験を中止した両社は再び治験を始め、早ければ2020年初めにもFDA(アメリカ食品医薬品局)に医薬品としての承認を申請する予定だ。最短のケースでは21年にも認知機能低下を抑える世界初の薬として発売できるという(写真=アデュカヌマブについて説明するエーザイの内藤晴夫社長)。
◎FDA承認の門は針のように狭い
アルツハイマー病を中心とする認知症患者は、世界中で5000万人を超え、30年後には1億5000万人まで増えると予測されている。治療どころか、認知機能低下の進行を抑えることすらできなかっただけに、アデュカヌマブが有効となれば、患者と家族には大きな福音となる。
ただすべてのアルツハイマー病患者に効くわけではない。病気に移る前の軽度認知障害を中心とした早期段階の患者だ。
それでも承認されれば、アデュカヌマブを開発するエーザイとバイオジェンにも、莫大な利益が転がり込む。売り上げ規模は、3000億〜4000億円は見込めるとされているからだ。
ただこれまで認知症薬開発は、挫折の連続だった。1998年から2017年までの20年間で、アメリカで開発された認知症関連の治療薬でFDAから承認を得られた薬はわずか4件しかない。圧倒的多数の146件は承認を拒否された。
アデュカヌマブも、これから針を通すような狭き門を叩かなければならない。
◎薬価は超高額で年間2000万円以上か
もっと別の問題もある。保険財政への悪影響だ。アデュカヌマブは、製造原価が高くなるバイオ医薬品だからだ。今回の治験で有望な成果が得られた毎月の投与量は、体重1キロ当たり10ミリグラムで、体重60キロの小柄な患者でも毎月600ミリグラムの投与が必要となる。上限まで増やしたから、この場合の患者の年間薬剤費は2000万円以上にもなるという。
これまで乳幼児の脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬のゾルゲンスマで2億円以上、日本でも昨年5月に承認された白血病治療薬「キムリア」は薬価が3349万円と決まった(19年7月31日付日記:「幼児難病SMAの1億円以上の特効薬「ゾルゲンスマ」登場、オプジーボ、キムリアに続き留まることなき超高額医薬品で健保財政はどうなる?」を参照)。
いずれも、問題となったオプジーボより高いが、これは1回きりの投与で、適応患者も少ない。
◎460万人ものアルツハイマー患者にずっと投与できるか
しかし日本でも2025年のアルツハイマー病患者は466万人にもなると推計されている。適用となる軽度認知障害患者も、それに匹敵するくらいいる。
この全員に年間2000万円以上のアデュカヌマブを投与できるはずはない(単純計算で、日本の国家予算に匹敵する93兆円超になる)。しかも患者が死ぬまで、投与し続けるのか?
アデュカヌバムは抗体医薬と呼ばれる大量生産できないバイオ医薬品だから、投与患者数が増えても劇的に薬価が安くなることはない。
しかも効果は、「治る」のではなく、「進行を止められるかも」というものだ。
したがってアデュカヌマブが承認された場合、健保財政を守るために、保険適用はできない、と思うしかない。
つまり年間2000万円以上を負担できる人だけが使える、ということになる。
それが果たして正しいことなのか。アデュカヌマブという新薬は、社会に新たな問題を突きつけることになる。
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