間宮林蔵と言えば、シーボルト事件のきっかけを作った人物として時には悪名を流したことでも忘れられない。樺太探検と地図制作、そして東韃靼の報告など、光り輝く功績は大きいが、この「影」の部分にも触れないと不公正だろう。
◎座礁したシーボルト帰国船から国禁の日本地図
シーボルトと言えば、幕末の長崎にオランダ船で渡ってきて、日本の蘭方医に最新医療技術を教え、日本医学の発展に多くの功績を残した人物だ（写真）。
彼は、日本の博物誌に強い関心を示し、植物などの標本や当時の風俗に関わる文物を西欧に持ち帰った。ただ同時に、日本の地勢観察に異常な興味を示し、弟子や知己を通じて、国禁の品をも集めた。日本地図は、その顕著な例だ。
シーボルトが帰国する船が長崎港に停泊中に、強烈な台風に遭い、船が浜に打ち上げられ、積み荷から禁制の日本地図が出てきて、幕府による強烈な追及と弾圧が始まる。
シーボルトに地図の写しを与えた天文方筆頭兼書物奉行の高橋作左衛門（景保）をはじめ蘭学者、通詞（幕府公式の通訳）ら多数が逮捕され、後に高橋ら３人が獄死した（写真＝上野源空寺にある高橋作左衛門の墓＝左手前）。
◎シーボルトからの書簡と贈り物を封も解かず上役に提出
幕末の大弾圧のきっかけを作ったのが間宮林蔵であるのは、確かだ。彼は、シーボルトと深い交友のあった高橋作左衛門を通じてシーボルトの書簡と記念品を贈られた。外国人から物や手紙をみだりに受け取るのは厳禁されていた。
この頃、オランダ人からの贈り物の授受は、通詞や一部蘭学者の間では半ば公然と行われていたが、間宮林蔵はシーボルトからの書簡と贈り物を、封も解かずに上司の勘定奉行に差し出したのである。
◎林蔵が制作した樺太、蝦夷、千島の地図も持ち出された
シーボルトが将軍拝謁のために江戸に来た折り、大名から蘭方医、蘭学者まで、多数の名士が彼と会見していた。それを、幕閣の一部は懸念をもって見ていた。
そして密かにシーボルトと彼と交わった名士たちの内偵が始められ、そこに前述の日本地図の国外持ち出しが発覚した。
シーボルトの持っていた地図には、伊能忠敬が苦心して完成させた日本地図だけでなく、間宮林蔵が制作した樺太、蝦夷、千島の地図も含まれていた。ちなみに樺太地図から、シーボルトは樺太が半島ではなく島であることを西欧人として初めて知ったのである。
後の間宮海峡を、彼は「間宮の瀬戸」と名付けている。
◎シーボルト事件で白眼視された晩年
幕府の厳しい追及で、高橋作左衛門から渡された地図は幕府に回収されるが、シーボルトもさるもの、密かに写しをとり、何とかオランダに持ち帰ることができた。
それによりヨーロッパ諸国は、江戸時代日本の精密な測量技術による正確な地図の存在に驚き、そして樺太が島であることを初めて知ったのである。非合法ではあったがシーボルトの行った行為は、逆に西欧の日本理解を高めたと言える。
シーボルト事件は、蘭学者、蘭方医、その他知識人たちに大きな衝撃を与え、実際、多数が連座した。蘭学、すなわち医術を含めた西欧への関心と発展が一時的に大きく後退することになる。
きっかけを作った間宮林蔵への知識人の非難の視線は厳しく、彼は多くの知己を失い、また何度も住居を変える羽目になった。
常陸の百姓の子でしかなかった間宮林蔵（下の写真の上＝生家とそれを見つめる間宮林蔵立像）は、自らの努力と才覚、そして命を省みない樺太、東韃靼の探検による報告と地図の制作などの功績で、幕府から重用されるのだが、晩年は寂しかった（下の写真の下＝江東区清澄の本立院にある間宮林蔵の墓）。
（完）
注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
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