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2019年11月19日05:17

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樺太紀行(61);鉄道歴史博物館に見る現代サハリン州の鉄道事情、州都も電化はまだ

 鉄道歴史博物館内部の展示は、饒舌な館長の長講釈で時間をくった。

◎日本で製造され、輸出されたデゴイチ「D51−22」
 博物館の外のちょっとした公園には、蒸気機関車が1台、野外展示されている(写真)。「D51−22」は、後に川崎重工に吸収合併された汽車製造製のSLで、サハリン州向けに輸出されたものだ。
 11月8日付日記で述べた館内展示品の「D51−30」のプレートの付いていたSLと共に1949年(昭和24年)に製造され、日本統治時代のシステムのままに運行されていたサハリン州鉄道向けに輸出された。
 おそらく半世紀以上、冬は厳寒に閉ざされる樺太の鉄路を走っていた。いつ頃、退役したのかは分からない。
 写真ではちょっと分かりにくいが、さすがは厳冬の地向け仕様、である。本土の国鉄を走ったSLと違い、運転席は密閉されている。

◎ソ連製のSLも展示
 その後は、広い操車場に併設されている野外展示場である。
 これは、鉄道ファンでなくとも、ちょっと感動するだろう。
 明らかに旧ソ連製とみられるおもちゃのようなSLがある(写真)。車体に付いていたプレートによると、1937年製だ。当時ソ連領だった北サハリン向けに製造されたものだろう。これが、戦後、南サハリンを走っていたかどうかは分からない。
 ただ前述のように、1949年にサハリン州向けに製造・輸出されたSLは30両もあるので、もうこの頃は性能の劣るソ連製は、走っていたとしても支線向けに追いやられていただろう。

◎州都を走る列車もまだ電化されていない、鉄道事情は日本の半世紀以上前の水準
 ただいつの頃からか、サハリン州にもディーゼル機関車(DL)が導入された(写真)。前にも何度も触れたように、現在、鉄道の軌道はロシアの標準軌に付け替え中なので全面運休中だ。そのため列車が走っているところは1度も見られなかった。
 それでも性能的に優位なDLが、サハリン全土でSLに取って代わられたのは明らかだろう。
 広大な操車場に、運休中の列車が停まっていた。よく見ると、操車場には架線が1本も張られていない(写真)。ここからサハリン州はまだ鉄道が電化されていないことが分かる。
 サハリン州の鉄道事情は、日本の半世紀以上前、というところか。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/201911190000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

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