mixiユーザー(id:18250550)

2015年05月24日05:59

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関東で花粉症が認知されだしたのは、

1982年の田淵幸一選手(阪神→西武)あたりだ。

「田淵、花粉症がひどくてゲームに出ていません」
「また、なんだか分からない病名でサボリかよ〜w」
な〜んて。

あれってなんだったんだろう?

以下ちょっと真面目に考えた。
日本は戦時中、燃料が足りなくなり、木を切って燃料にした。
戦後は紙の原料や、焼けてしまった都市の住宅に必要な木材も不足したので成長の早い管理しやすい杉を植えた。
で、木材もパルプもほとんど輸入になって、杉の需要も無くなりこのていたらくorz


44年間続いた“花粉症”実は…、ひどい鼻づまりと頭痛にまさかの決着。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=3431155
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年05月24日 07:53
    片頭痛は駒田が休んで認知されたのかもあせあせ(飛び散る汗)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年05月24日 19:30
    > mixiユーザー 
    駒田の偏頭痛はちょっと思い出せません。スイマセン。
    で、何を思い出したかというと、巨人で初打席満塁HRを打って活躍の後、
    横浜に移籍したんだよなあ。
    長身でバッティングフォームがちょっと不格好だった。
    ヤクルトは巨人時代に結構やられてるので、やられた事は覚えてますた。

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