昭和39年10月17日です。1964年。
東京オリンピックの真ん中の日、土曜日でした。夕方
亡くなりました。明治43年生まれの54歳。
私は、高校3年生。18歳でした。
病名は、骨髄性白血病。
当時では、治療の見込みがほとんどない病気でした。
9月の中頃に、病気なんか、殆どしたことのない母が、
「しんどい」と言って寝込みました。
それから、あれよあれよと思う間もなく、弱りました。
9月末に、病院に担ぎ込まれましたが、即座に「あか
ん」と言われました。
東京の飯田橋にあった、日本医大という病院です。
世田谷区代沢の自宅に遺体を運ぶ時、寝台車には、父
と私が乗ったのですが、「国立競技場の横を通って、
聖火を見せてあげようや!」と提案して、寄り道しま
した。
赤々と燃えている聖火。静かな母のなきがら。
元気な、東京の街。
あれから55年。なーに、私の人生はこれからだす!
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