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2019年12月07日10:04

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何を仰る会田さん…

■あいトリ以後、萎縮する「表現の自由」 会田誠さん「文化的には二流国に」
(弁護士ドットコム - 12月06日 18:42)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=5892398

あのね…表現の自由は我が国に於いては何ら規制も制約も無いよ(未成年者に相応しくない様なエログロナンセンスに対しての区分けてのはあるけれど、その程度だ)

その根拠は今こうして会田氏が公の場で発言できていること。若しも本当の意味で表現の自由が無い或いは著しい規制があるなら、あいちトリエンナーレを発表した時点で投獄されその作品群が破棄されている筈だが、氏は今もこうして堂々と[お天道様の下で堂々と大手を振って歩いて]しかも言いたいことが言えているしそれを報じたマスメディアにもお咎めが無い。それこそが表現の自由なのだ。

ただ、氏の主張や氏の作品に対しては、氏が表現の自由を盾にそれを公言公開するなら、同じようにオレも言わせて戴く。ただ一言[不愉快だ、支持できない]とね。だからといって氏に対しその発言を止めよとは言わない否言えない。

いくらその主張が頓珍漢で支持できないと感じることであっても、反論は出来ても封鎖は出来ないもの。この世には絶対的な正義も絶対的な悪も実は存在しない。正も邪も立場が変われば反転するものだ。異なる立場、利害関係が対立する立場の人の意見や主張にも、時には耳を傾けて見ることは大事なのは否定しない。

批判や風刺は確かにそれも芸術の一つの要素ではあるしそれをテーマにした名作と呼ばれる作品も多々ある。そのこと自体は否定しない。ただ、一連の作品には少なくともオレにはそうは感じられなかった。

殊に昭和帝の肖像を焼いてしまいその灰を踏みにじる動画…少なくともオレはアレを芸術・芸術表現とは認めない。では何か?[宣戦布告]と解釈する。

即ち、世界各国で行われている抗議活動、為政者・現体制に対する反対勢力の示威行為として行われている、為政者の肖像や人形を衆目の前で燃やす行動、アレと同じとしか思えなかったのだ。

昭和帝に対する評価は現時点ではまだ意見も分かれよう。後世になればまた違った解釈もされようが、あの激動の時代永く国民と共に苦楽をともにされ、殊に占領軍に対し国民の救うため身を挺され、その後全国行幸啓に赴かれた昭和帝に対し多くの国民は敬愛の念を抱いている。生憎オレが生まれたのは最早戦後では無くなり高度経済成長が始まった頃だからその時代のことは歴史として学ぶしか無いが、それでも30年弱昭和時代の後半を体験している。昭和天皇・香淳皇后を時の両陛下した時代を生きたものとして、特別にして大切な存在として認識している。そんな昭和帝の[ご真影]を事もあろうに燃やして踏みにじる様な行為をどうして支持できよう。とてもじゃないが[芸術]とは思えないのだ。

公金不交付の件は然し元々の手続き上の不備が理由では無いのか?当初の申請内容と実際の展示が違っていたと聞く。それなら不交付となるのは寧ろ当然である。

それ以前に、公金を頼る芸術なんて実はちっとも面白くないものだ。何故なら、[スポンサー][パトロン]の顔色をうかがうような代物になりかねない。それは最早[宣伝]であり[プロパガンダ]にすぎないのだから。

真に芸術を気取るなら!公金など当てにせず己の主張を堂々と発表すること。
(そしてどの様な批判も、たとえ酷評されても、謙虚に受け止めること。それが出来ないなら[芸術家]の[看板]は下ろしなさい)
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