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2016年11月13日08:28

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宇田賢吉氏辺りはどうだろう?

■D52半世紀ぶりに復活 立役者の機関士を襲った突然の悲劇 かつての「鉄道の町」神奈川県・山北町
(産経新聞 - 11月12日 15:29)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=4289824

痛ましい話である。唯一の技術者と呼べる人材が不幸にも交通事故で急逝とは…
(しかもその事故が我が県内で、それもオレ自身しばしば通る場所で起こったということが尚更痛ましい)

さて、D52。我国最大級のSLでかのC62の母体となったカマでもある。然し専ら貨物列車用に運用されていたせいか地味な存在であまり話題にも上らなかった様に記憶している。何しろこのカマが走れる路線が限られていた(大型機故に東海道・山陽本線を除くと九州北部と東北本線の一部と函館本線そしてこの御殿場線程度)ので就役線区沿線以外では馴染も薄かったとしても不思議じゃない。
(オレは幼い頃地元山陽本線を走るD52を見てるから親近感は強いけどね)

圧縮空気で動かすからには現役蒸機と同じ感覚では扱えまいが、D52に実際に乗っていた元機関士・運転士なら存命の人は少なからずいる。

個人名を挙げるのは非礼かも知れないがたとえば宇田賢吉氏。氏は鉄道関係の著作が複数あるが国鉄〜JRを通じ長く動力者乗務員の職にあった方で若き日に実際にD52に乗務されている。
氏と氏の同世代のOB諸氏なら門外漢や素人衆より的確なアドバイスが出来るのでは?

それ以前に山北は鉄道の町。ならばかつて御殿場線のD52経験者が隠居生活を送っている可能性も高い。その人々に声を掛ければきっと協力してくれる有志が見つかるはずだ。

折角ここまで生き返ったD5270。何とかして動態に持っていきたいもの。それこそが志半ばで不帰の客となってしまった故人へのいつ最大の供養になるのではなかろうか。

末筆になったが志半ばで亡くなった方に謹んで哀悼の意を表しお悔やみとさせていただく。
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