題名:鬱屈精神科医、お祓いを試みる
著者:春日 武彦(かすが・たけひこ)
出版:太田出版
価格:1,600円+税(2017年7月 第1刷発行)
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みなさま、明けましておめでとうございます。
今年の一冊目は春日武彦さんのファンである友人から薦めたれた本です。
本の帯にある穂村弘さん(歌人)の文章を引用します。
“凄腕の精神科医の魂が暴走したら、 もう誰にも止められない。
これはもうリノベーションというより「どこでもドア」だと思います。
開けたら春日先生の脳みその中”
これだけでは分からないと思いますので、少し補足します。
著者は子ども時代からの様々な記憶から、自分は親(特に母親)から呪いをかけられていると感じています。どうしても、そこから逃れられない。どうすればいいのか。
そして、親の呪いを取り払うために、実家(マンション)のリノベーションにとりかかるのですが、その理由や経緯は本書をお読みください。
目次を紹介します。
まえがき
第一章 三つの呪いとモーパッサン式「お祓い」術
第二章 お祓いと自己救済と「居心地のよい家」
第三章 薄暗さの誘惑と記憶の断片
第四章 痛いところを衝く人たち
第五章 ニセモノと余生
第六章 隠れ家で息を殺す
第七章 三分間の浄土
あとがき
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印象に残った文章を引用します。
【第二章 お祓いと自己救済と「居心地のよい家」】から、家という空間が夢想に近いという指摘。
“家は、きわめて夢想に近い性質を帯びている。わたしには今でもなお、精神を病んだ人たちの居宅や自室を医師として訪問する機会がある。
すると、家のたたずまい、雰囲気、家具の配置や日用品の置かれ具合、乱雑さや逆に異様に片付いた様子、ときには意味の分かりかねる落書きや貼り紙、常識にそぐわぬ品物の存在、当たり前の日常を送るのに必要な品物の欠落、そうした状況が精神の逸脱とシンクロしていると実感する”(72p)
【第四章 痛いところを衝く人たち】から、重要な決断をする際に「なんとなく億劫で面倒」と感じて間違った選択肢を選び人もいるのではないかという考察。
“おかしなことを言うようだが、人は人生の重要な分岐点においてすら「なんとなく億劫で面倒」という、ただそれだけの理由で不幸のほうの選択肢を選んでしまうことがないだろうか。
自殺にしても、もしかすると決行の直前に一瞬の迷いが生じるものの、今さら中止するのが面倒なのでそのまま死に突き進んでしまった人も少なくないのではないか”(123p)
【第五章 ニセモノと余生】から、精神科医としての自分に問うた疑問。
“当方の本業である精神医学にしても、あたかもヒトの心のオーソリティーであるかのように装っているものの、所詮は胡散臭さのカタマリである。ニセモノそのものであり、そのような職業に延々と従事していられる自分の精神の「いかがしさ」に驚きすら感じてしまう。
いや、ニセモノに対する親和性は、自己救済の手段として自然に身につけ、その延長として精神科医を生業にしたと捉えるべきなのかもしれない”(174p)
【第六章 隠れ家で息を殺す】から、忘れたい記憶を消せない人間の性について。
“意志によって忘却を実現出来ないのは、人の心の大きな構造的欠陥であろう(いや、だからこそ人は自分を深められるのだと反論する人がいるだろうが、それは精神的にとてもタフか、幸運な人生をずっと歩み続けてきたかのどちらかだろう)。
自在に忘却を実現出来るようになれば、わたしたちの悩みや苦しみのかなりの部分は軽減する”(180p)
最後に、もっとも心に残った文章を引用します。
【第三章 薄暗さの誘惑と記憶の断片】から、人工的な空間の虚しさについて。
“オフィスとかデパートの無神経な明るさ、隅々まで光の届いた「作り笑い」のように人工的な空間は脱力感を喚起する。身も蓋もない、といった言葉が思い浮かんで「うんざり」する。
均質で鈍感で能天気な場所は、人から意欲も閃きも奪う。大きな窓やガラス戸から屋外の光が遠慮なく押し入ってくるような室内は、「けじめ」がなくて不安になる”(85p)
私はこの本をエッセイとして読んでいきましたが、「あとがき」で著者は次のように言っています。
“個人的なことを申せば、わたしはこの本を私小説として執筆した。心境小説と言い換えても構わない”(248p)
「明るく、朗らかに」という訳にはいかない、今年の正月に相応しい本だったと思います。
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春日 武彦(かすが・たけひこ)
1951年京都府出身。日本医科大学卒。
産婦人科医として6年間勤務した後、精神科へ移る。大学病院、都立松沢病院精神科部長、都立墨東病院精神科部長等を経て、現在も臨床に携わる。
医学博士、精神科専門医。甲殻類恐怖症。藤枝静男とイギー・ポップに憧れ、ゴルフとカラオケとSNSを嫌悪。
著書に『鬱屈精神科医、占いにすがる』(小社)、『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『幸福論』(講談社現代新書)、『精神科医は腹の底で何を考えているのか』(幻冬舎新書)、『臨床の詩学』(医学書院)、『緘黙』(新潮文庫)等多数。
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