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2020年05月03日19:11

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最後の秘境 東京藝大[読書日記776]

題名:最後の秘境 東京藝大 ―天才たちのカオスな日常―
著者:二宮 敦人(にのみや・あつと)
出版:新潮文庫
価格:590円+税(令和元年11月 9刷)
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東京藝大の学生を取材したルポルタージュです。

著者は小説家ですが、このノンフィクションに取り組んだのは現役藝大生の奥さん(彫刻科)がきっかけだそうです。

【はじめに】から引用します。
“皆さんは東京藝術大学、通称「藝大」をご存じだろうか。
 僕は芸術とは縁が薄いほうで、たまに美術館やコンサートに足を運んでみることはあっても「なんかすごい」か「よくわからない」程度の感想しか言えない人間である。
 なぜ、そんな僕が藝大について調べ始めたのか。
 それは現役藝大生である妻がきっかけだった。とにかく妻が、面白いのだ”(5p)

裏表紙の惹句も紹介します。
“やはり彼らは、只者ではなかった。入試倍率は東大のなんと約3倍。
 しかし卒業後は行方不明者多発との噂も流れる東京藝術大学。楽器のせいで体が
 歪んで一人前という器楽科のある音楽部、四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せと
 いう日本画科のある美術学部。各学部学科生たちへのインタビューから見えてく
 るのはカオスか、桃源郷か?
 天才たちの日常に迫る、前人未踏、抱腹絶倒の藝大探訪記”

この裏表紙のエピソードにあたる文章を全部14章ある中から引用します。

「卒業後は行方不明者多発との噂も流れる」の部分。
【12.「ダメ人間製造大学」?】から。
“「アーティストとしてやっていけるのは、ほんの一握り、いや一つまみだよね」
 楽理科卒業生の柳澤佐和子さんが、あっさりと言った。
 「他の人は卒業後、何をしているの?」
 「半分くらいは行方不明よ」(略)
 まさかと思って調べたが、これはほぼ事実なのだ。
 平成27年度の進路状況には卒業生486名のうち「進路未定・他」が225名とある。
 彼らは今、どうしているのだろう。フリーターになったり、旅人になったり、バイトをしながら作品制作を続けたり……と、いろいろなパターンがあるようだが、文字通り詳細は不明だった”(273p)

「楽器のせいで体が歪んで一人前という器楽科」の部分。
【6.音楽で一番大事なこと】から、山口真由夏さんの話。
“「ヴァイオリン奏者って、骨格が歪んでいるんです。ヴァイオリンは顎に当てて、こうして弾きますよね。
 すると顔の左右が対称でなくなったり、下顎の歯並びが悪くなったり、足や腰の左右のバランスが変わっていったりするんです。
 そうしてヴァイオリンを体の一部にしていく」”(144p)

「四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せという日本画科」の部分。
【3.好きと嫌い】から、絵画科日本画科専攻:高橋雄一さん(仮名)の話。
“「僕、没頭してしまうんです。四十時間描きつづけるとか、よくやります。それで息切れしてしまって、描けなくなります」
 「そんな時はどうするんですか」
 「掃除をします」
 「掃除?」
 高橋さんは大真面目な表情のまま頷く。
 「掃除して部屋を綺麗にします。いろいろなものを捨てたりして……他にやることが全部なくなってしまうと、絵に向き合うしかなくなります。そうして、絵の前に帰って来るんです」”(78p)

他にも知らなかった豆知識が数多く出てきます。
2つ紹介しましょう。
1.漆の話:
“(漆は)ウルシの木から取った樹液です。日本で一般的な『殺し掻き法』という収穫方法では、十五年育てたウルシの木から、たった二百グラムの樹液しか取れません。それも、一度取ったらそれで木は死んでしまいます。(略)
 中国産の生漆が四百グラムで六千円くらい。日本産だと百グラムのチューブで一万二千円とかです”(107p)

2.音校の人はハイヒールが多いという話:
“楽器とともに生きるだけで、随分いろいろな常識が変化するものらしい。
 「音校の人って、いつもハイヒールだし、お洒落ですよね」
 ある学生に何気なくそう言ったら、こんな言葉が返ってきた。
 「ああ、それはお洒落だけでなく、できるだけ履くように先生から言われている学科なのかもしれません」
 「え? どうしてですか」
 「本番ではドレスにハイヒールで演奏するわけです。だから、普段からそれに体を慣らしておいたほうがいいんですね」
 彼らの日常は全て、本番に向けた練習なのかもしれない”(201p)

私も藝大に行っていた知人がおり、「さもありなん」というエピソードも多くありました。楽しみながら読むことが出来ました。

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二宮 敦人(にのみや・あつと)
1985(昭和60)年 東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。
2009(平成21)年に『!』(アルファポリス)でデビュー。ユニークな着眼と発想、周到な取材に支えられた数々の小説を世に送り出し人気を博す。
『郵便配達人 花木瞳子が顧り見る』、『占い処・陽仙堂の統計科学』、『一番線に謎が到着します』、『廃校の博物館 Dr.片倉の生物学入門』『最後の医者は桜を見上げて君を想う』など著書多数。
『最後の秘境 東京藝大 ―天才たちのカオスな日常―』が初めてのノンフィクション作品となる。

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