mixiユーザー(id:1795980)

2019年12月29日21:59

104 view

夢見る帝国図書館[読書日記758]

題名:夢見る帝国図書館
著者:中島 京子(なかじま・きょうこ)
出版:文藝春秋
価格:1850円+税(2019年8月 第5刷発行)
----------
マイミクさんお薦めの小説を読みました。
本書は、小説家・フリーライター(著者の分身?)が語る現実(かのような)ルポ調の文章と、節目節目に入る【夢見る帝国図書館】の史実とファンタジーを織り交ぜたような文章が交互に現れる構成でした。

小説を紹介するマナーとして、内容を書けないので、印象に残ったところを5つ引用します。

1.
「【夢見る帝国図書館・1】前史「ビブリオテーキ」」 から、明治政府の要人たちが、国立図書館の必要性を感じた一節。
“「ビブリオテーキ!」
 明治政府の要人たちは眉を寄せて口々につぶやいた。江戸が明治にとってかわられる前に三回も洋行をしていた福沢諭吉の繰り出す奇怪な西洋言葉には、しかしどこか重厚な響きがあり、無視しえなかった。(略)
 「ビブリオテーキ!」
 「それがないことには、近代国家とは言えないわけだな」
 「一刻も早く近代国家にならなければ不平等条約が撤廃できない」
 「「ビブリオテーキがないことには、不平等条約が撤廃できないということか」
 「そういうわけだ」
 そういうわけで明治新政府は、ビブリオテーキを作ることを思いついた”(22〜23p)

2.
小説家が、主人公と言える喜和子さんと樋口一葉の作品について語ったあとの心模様。
“言いかけてからわたしは、人生初の『たけくらべ』が、なんとアニメの『魔法使いサリー』だったことを唐突に思い出した。
 名作を読んだがために本の世界から出られなくなってしまった愛娘サリーを呼び戻すため、魔界の王であるパパが大声で叫ぶ、
 「マハリクマハリタたけくらべ、マハリクマハリタたけくらべ」
 という安直な呪文と大仰な身振りも記憶の底から蘇らせてしまい、自分の最初の一葉体験がなんとなくみすぼらしく思えてきて口ごもった”(77p)

3.
「【夢見る帝国図書館・17】「提灯にさはりて消ゆる」本の数々」から、戦時中に『細雪』を掲載中止にされた、谷崎潤一郎のエピソード。
“発禁本も多数あったが、雑誌の掲載中止というのも、よくあった。(略)
 昭和十八年には『中央公論』に連載中だった谷崎潤一郎の『細雪』も、風俗が華美であると指摘されて掲載中止になる。
 悔しかった谷崎はひそかに執筆を続けて、自費で上巻約二百冊を作って、知人・友人に配った。そのとき、事前に本の引換券の役目を果たすはがきを、親しい友人に出した。
 はがきに書かれていた谷崎作の俳句がこちら。

   提灯にさはりて消ゆる春の雪

 春の雪とは、『細雪』のことで、提灯をともして歩くような暗い時代に、検閲にひっかかって消えざるを得ない作品の無念を詠んだとされ、文豪の仏頂面が見えるようである”(251p)

4.
主人公:喜和子さんが幼少期に出会った兵隊が太平洋戦争中に属した「歩兵第二二八聯隊 第十三中隊」に関する記述。
“部隊(歩兵第二二八聯隊 第十三中隊)は、その後、香港を攻略し、ガダルカナルからラバウルへと、激戦地を転戦した。
 香港は攻め落として意気揚々とした記述も目立つが、「餓島」と呼ばれたガダルカナルでの記録は、凄絶なものに変わった。
 昭和十七年十一月、部隊は上陸を果たすが、翌十二月にはすでに飢え始める。
 「糧秣はほとんど無給、木の芽、草の根、『トカゲ』、『モグラネズミ』、口に入るものはありとあらゆるものを食べ、燃料は椰子の実を干したものを、マッチ軸のように細い木片で燃やし」、水は「ボーフラが湧いていれば心配ない」ということで、浮いた木片や木の葉をかきわけて飯盒で泥水を掬っては飲む。
 そして砲弾にあたりもしないうちに、兵隊たちは続々と、マラリア、脚気、大腸炎のいずれかで死に至るのだ”(375p)

5.
「【夢見る帝国図書館・24】ピアニストの娘、帝国図書館にあらわる」 から、日本国憲法のGHQ草案を作る前夜の秘話。
“この日、ベアテ・シロタが東京中ジープを駆って回って借り出した本たちが、その日からの九日間を作った。日本国憲法の「GHQ草案」を準備する運命の九日間だ。
 その日の朝、ベアテはGHQ本部の民政局の一室で、これから。民政局に所属する二十五人で、日本の新しい憲法を作るのだと聞かされた。それはトップシークレットだったが、ともかく大至急取り掛からなければならない難題だった。
 弱冠二十二歳のベアテは、人権に関する委員に任命された”(380p)

現実(かのような)ルポ調の文章と、『夢見る帝国図書館』の史実とファンタジーを織り交ぜたような文章が、不思議な印象を生み出していました。
この構成も見事でした。

---------- ----------
中島 京子(なかじま・きょうこ)
1964年、東京都生まれ。東京女子大学卒業。
出版社勤務を経て、2003年に『FUTON』で小説家デビュー。10年『小さいおうち』で直木賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。
同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞受賞。16年、同作で日本医療小説大賞受賞。近著に『ゴースト』『樽とタタン』など。

1 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年12月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031