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日記一覧

初期S園=小説名.シマハタの様子は77、8年に職員や、三浦氏という身障園生の証言を基に僕なりに再現してみたわけです。「我が子のように愛せよ」と言われた事は事実です。また、一職員から「職員としての私の幸せは、園児たちの楽しみを我が喜びとする

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 1961年(昭和36年)5月。多摩の丘に風薫る日、開園式を迎えた。名前は「シマハタ療育園」と林田博士自らが付けた。島畑親子を記念しての命名である。林田博士、島畑尚三郎氏はもちろん、看護職員、園児となる多くの障碍児とその父母、後援会の人たち

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  園生の結婚問題はこれまでも述べ続けているが、昔のS園の職員たちの結婚問題も厳しいものがあったし、昔の日本の福祉関係全般に言えた事である。昔の僕もS園でもこの件についても考えこんでいた。「男性職員も低賃金だから」と言われていたが、その他に

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「地位は人を作る」という言葉がある。人間は置かれた環境で気持ちや行動が違ってくる事だね。臨時職員だった頃の光明の介助員の中にも、(みんなよくやって下さったが)中には先生に頼まれた授業中の重度者の代筆介護をさぼり、その先生がカンカンに怒っ

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 今日書いた通り、アジア太平洋の日本軍には知的障碍を持った人たちもいたわけです。日本の国家の歴史的な汚点の一つですが、それを心に留めて、政治に携わって下さい。

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知的障碍者の中国戦線
2018年08月27日11:18

  25日午後11時からETVで放送された「シリーズ戦争・隠されたトラウマ」を見ました。再放送は29日24時=30日午前0時ですから、見ていない人は見るなり、予約録画なりして下さい。  戦争で精神障碍を持った日本兵の悲惨な記録ですね。僕が一

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  40年前は福祉関係の賃金は今よりもはるかに安かった。特に、知的障碍関係は。  そこに「嫁いだ」わけたからね。考えさせられる。まさに「一つのパンを二人で分け合って」。結婚生活自体が「労働」であり、一種の労働者になる為の結婚ですね。  察す

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思い出された話をしよう。昔のボランティア関係。  40年前。日大通信大学を僕は受けていた。8月はスクーリング。家から大学の送迎。VYSの人たちがして下さった。その一人に、主に墨田区の身障関係のボランティアをされていた学生のC子さんは特に

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  実はこの三つは同一ルールなのである。それらの処方箋は「互いを知って知って知り尽くす。尊敬し合えるまで知り尽くす」だけである。異民族関係にも言える。異宗教関係とか。  日本人は政治家も含めて、中国や韓国の習慣などをよく知らない。中国や韓国

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  まず、前者だが、夫婦二人にこもらず、開かれた家庭・夫婦を作る事である。ヘルパーさんやサポーターも入り込みやすくするように。特に、身体障碍の重い例ほど、そのような事が必要である。夫婦のどちらかが身体健康であったとしても、物理的に一人で介護

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  先の追伸として、マイホームが狭く、おかしかった点はその「閉鎖性」ではないか。恐らくは戦前までの大家族制の持つ非常な閉鎖性を1960年以降のマイホームも無意識的に受け継いで。そう考えると理解できてくるのかもしれない。  要するに、社会や近

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 東Vに限らず、戦後と言おうか、1960年以降に日本という国で生きている人たちの共通項・共通問題は本当はあるんだよ。40年前の我々が気が付かなかっただけで。「マイホーム」。S園、墨田厚生会館の身障者たち、盲学校の児童たち、高島平の子供た

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  「子供たちに家族以外の人たちが関わり、一緒に遊ぶ」。それで当時は全盛だったマイホーム主義に風穴を開けた。子供会の意義もそこであり、価値が高いし、大きく見れば、社会変革につながったと思う。  子供会に行く人たちは東Vでは限られていたが、あ

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サマー・タイムの件
2018年08月13日11:48

 「睡眠医学に詳しい医者と、日本の夏の特殊性をよく知る気象予報士たちに聞いて下さい」とフェイスブックで付き合っている国会議員たちや、安倍首相、石破茂、内閣府に意見メールを送りました。  自分がとやかく述べる問題でもないでしょう。とにかく、こ

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 宇宙人を思う              宇宙人  (2018年7月) 夏です。夜は寒くもないから、空を見上げましょう。晴れれば、たくさんの星が見えますね。ぼくは小さい時から宇宙が好きで、特に火星と、宇宙の果ての向こうに行きたいと思ってい

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小学生向け随筆
2018年08月09日16:13

  佐久のみなさんへ.               ひまわり                     2018年7月 今年も夏になりました。ぼくの母が長野市で生まれ育ったため、子供の時のぼくは夏休みに長野によく行きました。そこで長野県の名物

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  当然です。例え、僕がどんなにハンセン氏病に問題意識を持っていたとしても、止めなればならない。何故なら、行く理由がないから。もし、「友人作り」と目的を述べたとしても、「他に友人を作る場が僕にはたくさんあるのに、どうして全生園か」にもなって

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友情の土台のない結婚
2018年08月07日14:14

 どうも明治から今に至るまで、日本ではそのような結婚例が多いらしい。  まず、特に戦前の日本では、親や親戚の人が配偶者候補を連れてくる「お見合い結婚」が主流だった。それまで友人でもない、しかも、異性の人と「結婚を前提とした短い交際」。196

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  僕の仮説である。すでにインドやインドネシアなどでも女性の高学歴化と就職率は高まっている。アフリカ諸国や中南米でもそのようになるのは時間の問題である。そのような社会では、女性たちの結婚と出産年齢も非常に上がるわけだから、自動的に少子化にも

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  まず、誰でも判る事ですが、そのような人たちを狙い撃ちみたいにした発言は「法の下の平等」という日本国憲法の一つに違反します。杉田氏という名前だそうですが、杉田議員は憲法のその個所をしっかり学んでください。また、憲法以前の問題として、その発

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  ボランティアは戦後にアメリカからもたらされたものだね。愛媛VYSは1953年からあるようだが、東京VYSは68年から。他の団体はもっと若い。  ならば、我々の動いた頃はたった10年しかたっていない。他の団体もそうだったが、東京VYSも「

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  ふと思ったから書きます。工業が発展する前は、遊牧民は別として、大体が農業中心の社会でしたね。その上に商人や工作人、宗教関係や王侯貴族、騎士や武士などがいたわけです。王侯貴族でさえも、現代人に比べれば栄養価の低いものを食べていました。まし

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  青春時代に起きた海外の戦争の性格の変化もあったかもしれない。  朝鮮戦争やベトナム戦争は背後にアメリカとソ連があり、日本人にとっては判りやすい図式だった。だから、当時の高校生以上の世代の人たちは自分なりに考える事ができて、討論もでき、そ

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「南ベトナム」の補足
2018年08月01日11:50

  その戦争が起きる前に大統領になっていたゴ・ジンジェムの夫人が、南ベトナム政府の相次ぐ汚職に抗議してお坊さんたちが焼身自殺する場面を見て、「人間バーベキューだ」と言った事がマスコミを通して世界に広まり、夫人の冷酷さを許すようなゴ・ジンジェ

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