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日記一覧

 書き始めている実録小説。父母の数少ない幼少期の僕や父母自身の気持ちの話から、その姿を再現しようと努めている。石黒カズオ著「遠い山並みの日々」は、両親から聞いただけの日本の町の様子を再現してあるが、ならば、僕も自分の幼い日の姿や、通った慶応

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中学一年5月の遠足
2018年05月31日09:49

 中学一年5月の遠足    (文芸誌投稿) 1968年5月の快晴の日。世田谷区にある光明養護学校からバスで三浦半島に向かった。先生、介助員、生徒、個人的サポーター介護者で行った。それ以前は母親たちが遠足にも付き添っていたが、僕の学年あたりか

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フェイスブック投稿から
2018年05月28日16:38

実録小説の第一章を書き進めていますが、意外とそこに山場があったので、分割しました。S園自体ではないですが、後世の日本・アジア・世界に書き残したい事が早くも出てきたから。第一章は本当に僕の出生だけにしました。

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「行くだけ、話をするだけでは福祉活動とは言えない。かと言って、私は何ができるか、判らない」と言って、各活動を止めた人たちがVYSにも多かった。S園、子供会、墨田...。他の団体のVや身障運動家にも多かった悩みだ。そのような人たちの話を多

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更に述べると
2018年05月26日13:15

  「感謝とは何か」という非常に難しい問題も根にあると思う。僕は全生園に行っている時もS園の事ばかり考えていたから、何か言えるような立場ではないが、又、まつさん本人の事は判らないが、例の半数くらいのサポーターたちはまつさんの所で何を見たのか

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  伊藤まつさんは療養所の中なのに,常に感謝ばかり。そこからかなりのサポーターは「これは人格が高いからに違いない」と思い込むようになり、まつさんからの話によると、サポーターの半分くらいは、まつさんを生き神様や仏様、あるいは、イエス様やマリア

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  数回、「こんな良い施設に入っていられて幸せです」と言っていた事である。それと全く同じ事をある学生さんが他の元患者に行った所、「何を全生園で見てきたのか」と激怒されたと聞いた事がある。そのような言葉はかなりの元患者が嫌悪する言葉だそうだ。

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庭園美術館にて
2018年05月25日16:27

    5月18日。東京にある庭園美術館に行きました。そこは昔は朝香宮様のお屋敷でしたが、今は庭園美術館として民衆に開放されています。  着いた途端、新緑が一杯! 丁度良い時に行ったようです。秋には紅葉も楽しめるようで、庭園だけでも行く価値

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拙文「熱意社会の危うさ」は昔の福祉関係から述べた事であり、本コミニティに投稿する訳にはいかないが、もしも、政治関係が熱意ばかりで、冷徹さや理性を失えばどうなるのだろうか。又、今の日本の政治関係にそのような兆候や傾向があるのだろうか。僕に

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熱意社会の危うさ
2018年05月24日10:18

  S園関係に限らず、40年前くらいのボランティアや身障運動関係は熱意だけで福祉の事を世間に広めようとする傾向があったように記憶している。「熱意を込めて語れば、どんな人も判ってくれる」と複数の福祉団体・身障団体で僕も話を聞いたわけである。当

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 それは77年当時の都立の多摩更生園であった。そこも今は改善され、地域に開かれたものになっているが、当時は紛争が起きたなど、ひどかったらしい。   S園の園生のM氏は断片的に「多摩更生園には行きたくない。そこは園生が完全に管理された生活だか

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   特に、遠藤周作氏が問題として追及した事ですね。遠藤氏は江戸時代初期=17世紀初頭の九州を舞台に「沈黙」という名作を書きました。ポルトガル人宣教師から見て、九州の人たちのキリスト信仰が訳の判らないものになる様子とか、その宣教師が捕らえら

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   それはイエス個人にこだわる感じの人が多い点である。イエス様の名を言うだけで声色が変わる例もかなりある。丁度、北朝鮮のアナウンサーが「キム・ジョンイル、キム・ジョンウン」の名を述べる時に声色が変わるように。そう述べれば、判るかもしれない

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  その番組は「哲学者に人生相談(ETV・木曜午後11時から30分間)」である。そこで司会者は「イエス・キリストが隣人愛を述べ、プラトンがエロス、ソクラテスがフィリアを説いた」と述べた。でも、まず、隣人愛について言えば、旧約聖書の至る所に書

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  全生園の事も少しだけ記す。そこで僕がS園の事ばかり考えて自治会の人たちの話も全然聞けなかった事は勿論、無論、名前を変えてだが、クラフト(全生園にあったサロンみたいな所)でN子さんが元患者のY子さんなどにS園の事ばかり話していた様子も書き

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  太古から今日まで人類社会は多くの事件・出来事を作ってきた。戦争もあれば、発明・発見も、平和への努力も。それらは歴史に記されたものもあれば、世間に知られる事もなく、埋もれていったものもある。以下は、私がたまたま訪ね、見聞させてもらった一施

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  何故なら、マスコミも日本では戦前も隔離政策に協力し、戦後は沈黙を続けたからです。それなのに、2000年の例の判決以降は、手のひらを返したように、反隔離、厚生省叩きに急に変わった。偽善性も見られるわけですね。  以上はS園の事を書いている

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  医学知識もないのに、何故、伊藤まつさんやX君と関わり合ったかが判り、気が晴れた。  下らない事なので、題名を設けて書く気もしないが、ここで例のVYSが全生園に行った根本を話すと、77年春に逆上る。カトリック信徒で、法学部、全生園からやや

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 S園の身障室には僕は1977年6月から行ったが、それとほぼ同時に「他人にしっかり関わること」を言葉抜きで体得したらしい。それで77年7月に出会い、「来てね」と言われた伊藤まつさんに相手が昇天するまで行ったり、78年春に話を聞いて、器質性精

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小学生向け
2018年05月12日09:53

 佐久のみなさんへ・2018年5月書 5月。東京では、大相撲(おおずもう)の夏場所(なつばしょ)が行われますね。今は5月は春とされていますが、昔は5月5日か6日にある「立夏(りっか)」から夏とされたので、5月のすもうも夏場所になったわけです

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愛以前のこと
2018年05月11日14:12

  哲学系のTV番組を見ていたら、哲学においては愛は三種類あるという。イエス・キリストが説いたアガペーと、ソクラテスが説いたフィリアと、プラトンが説いたエロスだと言われている。確かに、西洋哲学ではそうだが、他にも仏教で説かれている慈悲や、儒

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5月。僕にとっては色々と思い出がある時期です。學校時代は遠足の季節だったし、卒業後も子供会関係で高尾山に行った事もあった。山道を僕の車いす押して下さっていた友人はたまたま体の大きな人で、僕は小柄。通行人が「お父ちゃん、がんばって」と声を掛け

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S園と全生園の混同例
2018年05月10日13:55

  僕も入り、S園にかなりが行っていた福祉会。77年夏、全生園にも行き、交流合宿。そうしたら、全員ではないが、かなりの会員が「人々が感染されるのを恐れて、ハンセン氏病患者を隔離した」と罪悪感も絡んだ話をやり出し、「それ故に、感染を恐れられ、

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  戦前も、戦後も学校では「仲よく」を説いている。でも、高校時代に読んだ羽仁進氏の本に、それを批判する事が書かれてあり、何だろうと思った。後年、高島平、S園、そして、高大生という会で羽仁進氏の説は当たっていると思うようにもなった。子供会では

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  戦後の「らい予防法」は確かに役人の問題かもしれない。でも、メインはあくまでも戦前。明治から1945年までの問題である。国家による強制収容。上べだけにしろ、その道筋は今の僕は理解している。全生園に行った77年の時点は理解していなかった。後

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  実録小説にまで行くと思う。描く過程で、戦後日本の経済優先やマイホーム主義の件も必ず出てくる。それで障害者児が切り捨てられた問題も。  もう一つ。マルクスの中途半端さも。資本論を読むがいい。彼は単に「生産手段の公有化」しか述べていないから

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  それをしていきます。訳があり、僕の出生時の様子から書きたいと思っています。  登場する人物や施設名はかなり変えますが。  村上春樹氏はオウム真理教の問題を追及するために「1Q84」という実録小説を書きましたが、S園の問題もこれまでのよう

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 それは「植民地支配された国の人たちの気持ち理解」である。何故なら、日本は過去に植民地化を経験していないから。そうして、朝鮮半島などを植民地化した。ヨーロッパ各国が植民地化した中南米やアフリカ、インドとは違い、隣国をそうしたわけである。しか

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  この間、八重桜を見たくて、浜離宮(はまりきゅう)という、東京にある公園に行きました。今年は早くから暖かくなったせいで、八重桜の花もかなり散っていましたが、サツキが満開でした。芝生の中には、クローバーの白い花、カタバミの黄色い花なども咲い

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フェイスブック投稿から
2018年05月05日11:20

日本は植民地化された事がないので、「戦場になる」以上に、植民地化された人たちの気持ちが判らないのではないか。又、ごく一部の日本人以外、その面は無関心の傾向が強い。でも、朝鮮半島はあの通り、日本に植民地化された。今も心の壁ができたままである。

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