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2021年11月27日14:34

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人間関係歴史

戦前の日本は大家族制で結婚もイエのためのものであり、恋愛は社会的に抑圧され、また、身障者・在日コリアン系・被差別民の結婚差別は深刻でしたね。
 でも、戦後は別の問題が。五体満足で金もあり、被差別系でもない人たちも非婚が多い。旧友にも多いです。詳しく考察すると、結婚どころか、恋愛もできない例ばかり。それ以前に、人付き合いや友人関係もできない。一緒に酒を飲み、ムードだけ仲良くする程度で。そばに悩む人がいても、付き合い方も知らないから、話を聞いても冷たい態度しか示さない。他人の心を受け止められない。そのような問題を僕も70年代後半から諸々の福祉会、親睦会、教会関係で聞いています。そのような状況を話す人自身が他人に冷淡の例も多い。そこに戦前からの結婚差別の伝統がありますから、身障者などは「結婚差別」と怒る例が多いですが、実はそれ以前の事です。
 マイホーム主義の中で育つと他人との付き合いになれていないから、どうしても他人の悩みに対応できず、冷淡にもなるのではないかと。友人になれない。他人のことに気が付かないから、魅力的な異性がいても男女共に無関心とか。付き合えなければ、恋愛どころでもないわけです。寂しさとか肉体的興味で結婚しても、すぐに離婚。とに角、人付き合いは学校以前に、家に来るお客や親戚から子供は学びますからね。
 しかし、マイホームが崩れて久しい今は以上とは状況が違うと思います。平成=1989年以降、児童館や保育施設が増えた事もあり、次第に子供たちはそれらから人付き合いを学んでいる。シングルママ世帯には、ベビーシッター・子守を頼む例も多く、そこからも同様の効果が。それと例の大震災効果もあり、21世紀世代は明治以降では、最も人付き合いがうまい世代になっていると聞いた事もあります。交友、恋愛、結婚は復活。ただし、その結婚はマイホーム作りは意図しないものでしょう。多種多様。しっかりした交友に根差すものならば、恋愛や結婚での差別も起きない。自己を確立した結婚ならば、リモート機械を仲介した、別居婚でも構わないし、入籍しないものでも良いわけです。
 光も見えているかもしれませんね。
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