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2021年07月29日11:52

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「施設では友人ができない」調査結果から想う

  月曜夜10時25分からETVで「100分de名著」という番組がある。月ごとに読む本を変えて、じっくり有識者が解説する番組である。7月はフランスの社会学者だったボーヴォワールの「老いと性」を上野千鶴子女史が取り上げ、深く解説していた。何分、ボーヴォワールはアメリカとヨーロッパの在宅や施設の高齢者を非常に早い時代から幅広く実態調査していたわけである。

  僕が一番考えさせられたのは、最終回にボーヴォワールが少しだけ著書に記した「施設では友人ができない」という所である。上野千鶴子さんは「学校の子供たちとは違い、高齢者たちは様々な人生経験を経てきたから、それで出会っても友人になりにくいのかもしれない」と言っていたように覚えています。上野さん自身も考え込んでいたようでした。

  そのような証言を僕も色々と聞いています。例えば、島田療育園でも身障園生間は仲が悪い事を二人の園生から聞いていますし、ハンセン氏病療養所の多摩全生園でもそうです。各療養所もそうだと聞いている。また、板橋区にあった某身障施設の人も「(園生間は)ケンカばかり」という手紙を僕にくれた事もありました。

  「学校は友人になれるのに、施設はなれない」ですが、それも当然かもしれません。と言うのは、学校では「勉強」があり、それが共通の話題になるし、知らないことを知ることは面白く、皆で知ることはもっと面白いから、自然と友人になっていくものです。僕の小学時代を思い出してもそうでした。でも、施設は学校ではないですからね。「勉強」に相当するものがないですよね。ならば、友人になることは、相部屋だろうが、個室だろうが、できないのではないでしょうか。また、学校から「授業」を消して、自由雑談ばかりにした場合でも、子供間は友人にはなれないと思います。実際、ろくに勉強もさせてもらえなかった昔の地方の養護学校にいた人がそのような事を証言していました。

   以上は施設に限った事ではないですね。昔の福祉会や身障会も、「勉強」に相当するものがないから共通の話題も集まってもでず、友人にはなれず、端から潰れていました。親睦会もそうだし、教会関係もそうだとよく聞きます。「仕事」でかつては学校のように社員間が交友できていた日本の会社も、仕事がより複雑化して共通の話題にならなくなったせいもあり、1990年ごろからそうなったとよく聞きますね。つまり、施設や高齢者だけの問題ではないと僕は思います。

  島田療育園の小説も園生同士の会話を盛り込むことは不可能に近いです。そのような園生間のやり取りはなかったから。

  一方では、ムリして友人になろうとするとケンカにもなりますね。ケンカの理由はそれだけでもないから。在宅身障者間や主婦間でもケンカは多い。主婦で仲良しだった二人が、内一人が相手の子供を何故か殺した事件もありました。それはともかく、施設内で入居者同士がケンカしたら、施設側も非常に困ることが誰にも想像できるわけです。

  更には、夫婦のケンカや離婚、親子や兄弟間のケンカ、もっと大きく政治家同士や役人同士。国と国のケンカ=戦争というように、以上は大きな問題にもつながっている事でしょう。
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