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2021年05月11日14:40

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僕の世代の「施設状況」は至る所にありました

「閉鎖的で、愛のない冷たいところ」という意味で、施設という言葉を1950年代生まれの日本の身障者は使っていたわけだが、それは社会の至る所にあったと言わざるを得ない。少し列挙する。


  水俣病を出した企業。動物実験で有機水銀の毒性は確かめられていたのに、情報を封印し、多くのその患者を出した。

  ライ予防法を作り、施行した厚生役人たち。

  1973年の石油危機の時、秘かに買い占め、売り惜しみをした商社。

  かなりの夫婦もそれに当たる。結婚しても、そのような状況にかなりが実はなったわけである。

  戦後日本の中で、一番そのようだったのは、首都圏や大阪圏などの大都市ではなかったか。というのも、福島県や新潟県、福井県などに原発を押し付けて、自分たちは経済繁栄してきたから。極めて冷たい。しかも、原発運営組織は危険性を隠していた。非常に閉鎖的でもある。エネルギーが必要ならば、早くから太陽発電や風力発電の開発に取り組む努力をすればいいのに。また、巨大発電の必要がないように、人口や産業を分散させるとか。その意味では、10年前の東日本大震災は日本の方向転換のチャンスでもあったかもしない。でも、その後は東京オリンピック推進で、東京集中に発想が戻った感はある。開催自体も判らないが、後世の人たちは東京オリンピックをどのように評価するのか、疑問に思う。

  戦後の世界に目を向けると、ベトナムやアフガニスタン、中東などの戦争、それらを作った超大国、大国の覇権争いはもっと閉鎖的で、冷たい。更に、1945年前の世界に目を向けると...。

  僕も使ってきたその言葉の意味。実は、多くの戦争や原発問題にも通じる大きな現代文明の病根に通じていたようだ。1983年、一旧友に「島田療育園は悪い所だから、一緒に潰そう」と誘われて、当時からもっと大きな根がある気がして、誘いに乗らなかったが、本当に根は深かった。多くの戦争の事にまで通じていたとは、僕も最近まで気が付かなかったわけである。


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