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2020年11月22日16:10

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フェイスブック投稿から・

日本の中世に親鸞上人によって作られた浄土真宗は仏という、聖書の神に近い絶対者を共に仰ぎ見る事により、信徒たちは自然に友人になり、男女は非常に恋愛しました。身障者や盲人も恋愛差別がなかったようです。友情も、恋愛も念仏の延長でした。奉仕活動も。封建時代だったのに。物凄い事だと思います。
  でも、20世紀後半の僕の見たり、経験した所は以上とは大違い。恋愛はないか、あっても、寂しいから求めるとか、肉体を求め合う。比較すると、どちらが中世か、判らなくなります。本当に今が中世なのかもしれない。「暗黒時代」という意味の。
 更に、やはり、20世紀後半の旧ソ連では、信仰を知らない世代の人たちが増えましたが、それと同時に恋愛する男女が激減し、結婚も減り、人口減少にもなり、共産党幹部の中には、宗教を認める意見も出たと、昔新聞で読んだ事もあります。皮肉です。
 人間は祈りがないと、どんなに気が合う人と出会っても、すれ違いに最後は終わる。僕も色々経験ありますし。非常に寂しいわけでもあると。出会った人たちもほとんどが寂しそうでした。一番寂しさを訴えていたのが、例の教会関係でしたが。「神」と思って信じたものか有限の存在で、偽の神だった。牧師以下気が付かなかった。でも、偽の神に祈っている間も、猛烈な寂しさに見舞われていたから、事の行く末は見えていましたが。
  「聖書を分かち合う新しい友」に今日は初めて歎異抄の言葉も送りました。今まで知り合ったどの友人とも違う気持ち。女性ですが、かつて経験した恋愛感情とも違う気持ちです。かつての日本にあった浄土真宗の関係がそうだったと思い、歴史に心をはせたわけです。
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