mixiユーザー(id:17922359)

2020年11月15日12:07

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フェイスブック投稿から

 (聖書の言葉をありのまま受け入れる事から)
「ありのままに受け入れる」は自分の運命についても言えます。僕の場合、身体障碍みたいな事はかなり受け入れられます。でも、「個抜きで、ナチスに通じる発想を持つ団体に3個遭遇し、入ったこと」の運命は何なのか。過去否定していた時もあったし、悩み続けました。しかも、皮肉な事に、一番ひどかったのは教会関係。そこには、かわいそうな被害者もたくさん出ていた。
 しかし、気が付きましたが、以上3個に遭遇しない場合でも、僕が知らないだけで、ナチスに通じるものとか、被害者は存在するのです。僕の遭遇に何の関係もない事。知り得なかった事を、何者かが与えた運命で、知った。それにはプラスも、マイナスもないですね。もし、それらの流れに乗り、ナチス的なものに加担したら、明らかにマイナスの運命を自ら作る事になります。でも、おかしな所に気が付き、まず、自分が個を大切にする事にすれば、それだけでもプラスになります。自分の個を大切にする事は、付き合えば、他人・友人の個を大切にする事に通じるからです。そうすれば、その友人たちも他人を大切にするようになり、連鎖反応的に個を大切にする社会に近付くわけです。その他にも、文が得意な人たちはそれをブログや何かの文に書いて発表しても良いわけです。もっとプラスにもなる。
 戦争にまでいかなくても、個抜きの見方は諸々の種類の差別の根かもしれません。昔、全生園で知り合った無教会伝道師さんもそのような事を教えてくれました。懐かしいです。また、例の経済格差の原因の根の根にも、そのような事も一つにあるのかもしれない。マルクスの見落とした事かも知れませんね。
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