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2020年01月29日11:18

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VYSの人たちにあてた地域社会関係など

例えば、お米屋さんは仲良しでなくても、お米を売ってくれる。郵便局員も、仲良しでなくても、郵便を届けてくれる。同様に、介護や手話通訳もそのようにしなければならないと思う。例のK氏に限らず、聴障運動の大きな目的の一つもそこだと。今は介護はかなりそうなっているが、それに比較すると、聴障関係は遅れていると思う。
70年代はボランティア関係は勿論、かなりの東京の身障者でも「介護は仲良し関係に付随するもの」と考えていたからね。僕も最初はその考えに沿った。でも、次第におかしいと思うように。郵便配達みたいに、人間関係や仲良しから切り離しての介護でないとダメではないかと思うように。一方、例のKに至っては、最初からVYSや大学の学生たちと仲よくする気持ちはなかったようだ。ひたすら「郵便配達のような手話通訳」の社会を求めた。今の僕はヘルパーさんたちの介護を受けている関係もあり、Kのその姿勢は当然だと思うように。「Kと仲良くなってからの手話」を求めたVYS側がおかしかったと。更には、VYSの人たちもどれだけ、仲良し関係を求めていたか、非常に疑問。求めるのならば、K以前に、隣近所の人たちに求めればいいのに。いつでも会えるから。
「仲よく」は情緒が主体。ムードだけになりがちだし、何かのはずみで一度関係が狂うと、その反動みたいになり、破滅的な大ゲンカにもなるものです。恐ろしいわけです。
因みに、地域とは隣近所の事ではありません。生活に必要な多くの商店、郵便局、銀行、医院、薬局、介護事務所も指す広範囲で深い言葉です。地域は決して狭くありません。
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