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mixiユーザー(id:17922359)

2019年09月20日11:03

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更なる僕の幸運

「島田療育園に行った時期」の他、ほぼ同時に高島平子供会にも行き、子供たちと一緒に遊べたことである。その経験が後々になり、子供向け随筆と科学の文に発展した。その文筆の土台があるからこそ、島田療育園の小説も書けているわけである。たった昨日になり、気が付いた。


  どんな天才作家でも、いきなりは小説は書けないわけである。大作家の夏目漱石でさえもそうだったし。一連の子供向け文で文章の書き方を実践的に会得していたわけである。僕自身が今まで気が付かなかっただけで。70年代後半に僕がいた福祉会は、子供会と身障関係の両方に関わっていた。そのような会は当時でも珍しかったわけである。身障を持つ僕が子供会に出会える確率は非常に低かった。

  異次元SF的に、僕の過去からその子供会を消去すると、後年の子供向け文も一切なく、文の書き方の基礎も会得せず、友人への手紙を書く要領で島田療育園の事をネット関係でも書いていたに違いない。仲間内にしか判らないような書き方になり、誰からも相手にされなかった。島田療育園の事は自分の胸の中に最終的にはしまうようにもなったと。言っては何だが、そのようになっている島田の訪問者も多いし。非常に多いと思われる。

  気が付かないだけで、誰でも何らかの幸運を与えられているのかもしれない。

  尚、島田や子供会に熱を入れたため、同時に所属していた世田谷の身障会の活動ができなくなり、気が付いた時は潰れていた。2007年に一ヘルパーから「言語難が軽くて、体力もある一部の身障者しか使えない介護制度を、その身障会の役員だった人たちが勝手に作った」と聞かされた。確かに、それはワンマンでひどかったと思う。それを考える事は必要だった。でも、2005年にはその制度も解消されたし、僕の運命にはさほどの影響も与えていないので、その件やその身障会については、もう僕としては述べない事に決めた。僕として、その事を通して世間に訴えたい事も、歴史に記録したい事もないわけだし。制度は解消された以上は、ある意味ではどうでも良い事である。強いて言えば、その身障会も潰れる運命にあったと。「役員がワンマンで、平会員に号令を掛ける」は、当時の日本の諸々の会社組織そっくりである。何もその会に限らず、当時の東京の福祉会と身障会は多くがそうだった。号令にばかり従い、自発意志を失い、後はひきこもりみたいになった例も多かった。あるいは、役員と大ゲンカした人とか。キリスト教関係で知り合った僕と同世代の一身障男性にもそのような経験を持つ人がおり、いつまでもケンカの事が頭にあったわけである。話のついでに、盛り込んでおいた。会社組織を無意識的に真似たものなら、どうして社会を変えられようか。それはともかく、自分の幸運に気が付いて良かった。


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