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2018年03月08日13:26

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S園続き

  医学博士でもあった初代園長の「女子障碍児には子宮は要らない。切除しちゃえ」の発言は、某身障団体の機関誌の文を、身障ミニコミ誌が引用して、それを僕が目にしたわけで、おかしいにしろ、文脈の検証もできないわけだし、述べた当人はすでに他界もしているから、聞きようもないわけです。何分、職員の多くが月経の処理に困っていたから、「子供も産む事はないのに」とか思い、出た発言だと伝えられています。


  ならば、大人の女性の障碍者向けの職員教育を行なえば、月経も処理できます。それについての科学的な知識も職員は持って。そのような職員教育はしていなかった。あくまでも「障碍児」、つまり、子供向けの介護の事しか園の人たちは考えていなかった。「子供向けの世話に手一杯で、大人の園生の事は考える事ができなかった」わけです。だから、色々と狂い、その一つが以上の発言でした。子供と大人を分離すれば、出なかった発言ですね。


  その他、身体障碍児者、知的障碍児者、重複障碍児者と、各種障碍児者が同じ園の中にいた。室は別れていましたが、それぞれ対応が違うのに、一緒に療育できるでしょうか。職員も、医者も対応はできませんね。精神が混乱してしまう。肉体だけでなく、職員は精神も過労していました。その後は、法律が整備され、それぞれ施設や作業所は分離しなければならない事になったわけです。「法整備の遅れ」もあったと思います。行っていた当時の僕はその問題には気が付きませんでしたが。

  ナチス・ドイツ下のユダヤ人は人々の憎しみの気持から追い詰められていったわけですね。ナチスがドイツ国民のユダヤ人への憎しみを人為的にあおったわけでもあった。でも、僕が行った当時のS園は何が追い詰めたのか。今も僕は判りません。憎しみとも違うわけです。世間の無関心、法の整備の遅れ、身障者同士の大ゲンカ、園関係者の大人と子供の分離に気が付かなかったこと...。マザー・テレサは「愛の反対は無関心」と言いましたが、世間の無関心も根にあるのなら、無関心も恐ろしいわけです。また、条件が色々とそろえば、世界中のどこでもそのような事態も起きうるのかもしれません。

   付け加える事が2つ。一つは、77年当時、26歳だった男の園生が「職員によく殴られる」と述べていました。今で言う「虐待」ですね。背景についてはその人も語っていませんが、どんな理由があっても許されない事です。その園生は、世間に虐待の事を僕に伝えて欲しいと語っていました。40年ぶりにそうするわけです。

  もう一つは、知的障碍児と身障児の混合。僕が通った光明養護学校は身障児だけでしたが、その頃の地方の養護学校では両者が一緒に教育されていました。知的障碍児に教育内容を合わせていた。当然、身障児たちは受けるべき教育は受けられません。それで勉強する機会を失して、後々の生活まで非常に困った身障者も地方にはたくさんいます。1970年前後の神奈川県の養護学校もそのような状態で、「教育をまともに受けられなかった悔しさ」をそのような人からメールで聞かされ、考え込んだ事があります。タイムマシンはないから、過去も変えられないし。どう返答すれば良いのかと。今更どう仕様もない事ですが、そのような事が大阪万博が開かれていた時の日本の首都圏にもあった事を併せて述べさせていただきます。70年前後の神奈川の身障児教育の不備の根も、S園の件の根と一部は重なってくるからです。「法整備の遅れ」という。文の最後になってしまい、メールを送っていただいた人には申し訳ないですが、一緒に述べさせていただきますし、その問題は別な機会に改めて書きたいとも思っています。

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