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2017年02月27日17:12

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多磨全生園に行ったいきさつと、僕の結果

  僕も当時の東京VYS一員として行ったわけだが、そこに何故行き、交流合宿までして、又、何故、急に会として退いたか、役員たちも口を閉ざし続けているため、僕も検証に非常に時間がかかった。それを補うように、全生園に関わっていた無教会伝道師I氏の怒りの発言も聞いている。I氏は
 「その会は、役員自ら全生園を会員間のお見合いの場に利用した。元患者たちの苦難の歴史を想えば、許されるものではない。しかも、その会の人たちは患者を一からげに見て、個性も無視している。一人一人違うのに」と。
  勿論、まともに福祉の事を考えて企画した役員もいたが、多くは以上の通りだったようだ。その会は1968年に作られたが、最初は特に児童福祉に熱心な人が多く、その専門家を多く輩出した。その気風は代々伝えられた。しかし、次第にマイホーム主義的な発想の会員が多くなり、77年は70%くらいを占めるに至った。役員もそのような人が。どうも夫婦共同育児の練習としてS園に行ったり、PTA参加の予行演習として統合教育を論じたらしい。全生園もその延長で。男も、女も恋愛する訳でもなく、相手の個性を尊重する交際をするわけでもない。強いて言えば、優しさを求め合うと言おうか。とにかく、福祉の場を利用みたいにしたから、続くわけもなく、次第に潰れていった。
  でも、絵から伊藤まつさんの個性を知った僕は魅力も見出し、行き続け、僕の書く手紙から伊藤まつさんも僕の個性を察知したらしく、同様に。まつさんが昇天するまで行き続けた。そして、今も発表し続け、国会議員たちにも見てもらっている。結果としては非常に良かったものになったわけである。行ったきっかけにおかしなものがあり、発表できるのか、考えていたが、結果が良ければ、それで良いではないかと悟りつつある。(仲間の一人に東大法学部で、弁護士志望の男がいた。マイホーム志向は元々なく、福祉活動を求めてVYSに来た。マイホーム主義者たちに次第に包囲されて、結婚自体に嫌気がさし、「ポル・ポトは結婚を否定したから良い」と口走るようになった。それについては僕も変に感じたが、彼の嫌気については判ると。今の僕はマイホーム目的が結婚だろうかと疑問に思っている。男女双方の個性を、人格を尊重し合う事から始めないと交際にもならないと。マイホーム目的で結婚した人たちは子供が育った後に離婚する例も多いわけだし)

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