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2017年02月21日11:53

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東京VYSの人たちがS園などに行ったわけ

  ほとんどのメンバーが「自分の姿」を活動先に投影していたからだと言える。
  その会のメンバーたちの行った先は、高島平団地の子供会、墨田区の身障作業所、S園。どれも地域住民がバラバラ。付き合いがないか、付き合っても大ゲンカになってしまう。大ゲンカとは、暴力を伴うケンカ。内、高島平団地と、S園の近くの多摩ニュータウンは役人が人為的に作った所だし、墨田区は太平洋戦争中の激しい爆撃で、それまであった地域社会が崩壊した所である。地域住民同士が付き合えない以上は、その延長で児童や障碍者関係にまで関われないわけである。だから、それらは地域住民の関わりはなかった。
  一方、VYS会員たちも地域や大学で友人を作れない者ばかりだった。人によって違うが、付き合いのきっかけがない例とか、「付き合うのが恐い」と言っていた人もいた。でも、寂しい。その自分の姿を高島平の子供たちとか、S園などの人たちに見て、自分の事のように感じられ、行き続けた。確かに、ある意味では「自分の事」だから。大体、人間は自分が何らかの形で絡まないと他人に関わる事はできないわけだから。僕自身もS園や高島平の人たちと共通するものを見ていたわけだし。
  VYS内も付き合いをする前に、難しい理屈をこね合い、何もできなかった。その中にはクリスチャンもいたが、同じだった。そのような人たちも教会の付き合いはできないわけである。カトリック、プロテスタントの別なく。大体が情緒障碍傾向があった。難しい連中であった。

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