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2017年02月02日14:47

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滅私奉仕と中世

  自己愛に基づかない愛や奉仕だが、「滅私奉仕」という言葉が心の中に浮かんだ。戦時中の滅私奉公をもじった言葉である。
  それが中世にどこの国でも広まり、為政者たちが利用したから、強固な中世社会にもなったのかもしれない。日本では仏教、朝鮮・中国では儒教、ヨーロッパとロシアではキリスト教が利用されたわけだ。多くの人々は滅私だから、位の高い人たちに従うだけの。自分の人権も意識できないのならば、他人や子供の人権は考えられるはずもない。中世で人権思想が出なかったのも、考えてみれば、当たり前だね。
  バチカンとのトラブルもあり、16世紀にはイギリスが国教会を作り、今までにない、自己愛を尊重。ジョン・ロックなど、早い時期にイギリスでは人権や福祉という発想が生まれている。その点は評価できる。でも、人権や自己愛は主に王侯貴族や金持ちに限られ、それも物欲や金欲追求に傾き、果てには『資本論』通りのひどい労働者搾取の状況が。資本家たちは自分の自己愛や人権を追及しながら、労働者のそれらは顧みない例が多かった。聖書を利用して、奉仕を求めて。中には、労働者の福祉や教育に尽くした立派な資本家もいたが。その事も見逃してはならない。...。
  そして、資本論から130年経た日本のS園。職員たちは滅私奉仕を求められていた。できるわけもなく、ノイローゼや何かの病気になり、端から若い人が脱落。かわいそうだった。又、自分の自己愛を追及できなければ、相手の人格を認められるわけもなく、大人の園生たちを子職員たちが子供扱い。罪が罪を産んだ。中世的な状態を僕も見てきたと言おうか。S園に行き、滅私奉仕が愛だと思ったボランティアも多かった。その男性の一人が滅私奉仕の精神で身障女性と結婚。最初は良かったが、子供も生まれたのに続かず、数年で離婚。男性は失踪した。悲しい話である。
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