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2017年02月01日10:58

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キリスト教や仏教の愛の誤解

  シャカやイエスの説いた愛はどうも誤解されて伝わったらしい。どちらも「自己愛を他人や世界、全人類にまで広げろ」と述べたようだが、弟子の弟子の...と経ていく内に、「自己を滅して・犠牲にして」の愛に変えられたと。仏教の場合、南伝仏教が顕著だが、大乗仏教にもその傾向がある。日本ではかなりのお坊さんがシャカの頃のものを説いたが、一般的には自己を滅してというように解釈された。
 キリスト教も変わらない。英国国教会は自己犠牲を最初は否定したようだ。利己心を肯定もしたが、その利己心肯定は王侯貴族に限られ、後には資本家も広がり、労働者までは広がらなかったため、マルクスが批判した状況になったと。
  僕も自己犠牲の愛は色々と人から聞いているが、やはり、ついて行けないし、ムリだし、変だとすら思う。教会に行く気がしない理由の一つもそれかもしれない。また、かつての世田谷などのボランティアや身障運動が中途半端に終わった理由の一つにもなっていると思う。「自己愛を広げる」という観念が見られないと言おうか。強いて言えば、薬師寺管長だった高田好胤和尚の「限りなく広い心」の方が僕も引かれるし、好きでもあると。
  世界的にもそうで、自己だけ、自国だけになっている社会構造が出来上がっているのかもしれない。でも、戦後の今までは、世界貿易のルールが機能していたから、その弊害が表に出なかっただけの事。それをどうもトランプ大統領が壊し始めている。すでに日本や中国の金融や為替政策までも非難を始めている。そうするとは誰も思わなかっただろう。あるいは、アメリカという世界一の大国がエゴを追及したら、その世界構造が崩れるのかもしれない。今後は本当に何が起きるか、トランプが何をするか、判らない。
  蛇足にトランプ政策みたいな事も述べました。
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