mixiユーザー(id:17922359)

2017年01月26日16:01

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「1970年代の某派」の続き

  書いた後に気が付いたが、その派の人たちは知的障碍者に強い偏見と差別意識を持っているし、実際は資本家以上にお金主義の考え方だね。
  判る人もいるかもしれないが、その人たちは「知的障碍児は知的に低いから、能力がないから、学歴主義の学校体制をひっくり返せる」と思っていたわけ。確かに、世間で言う所の知的能力は低いかもしれない。でも、例えば、芸術能力や音感、優しさでは誰にも負けない知的障碍者も多い。それは教育次第では伸ばせる。又、それらが仮にない知的障碍者でも、最低限、「命の実感」を世間に与えている。これも能力の一つではないのか。
  新聞を読めば判る通り、少なくとも、日本の資本家たちの多くも経済性以外の価値観を認めている。精神性が豊かで、知的障碍関係の理解もかなり昔からある人が多い。それに比較しても、その派は実際は経済性=お金中心の価値観で凝り固まった連中である。ただし、本人たちが気が付かなかったわけだが。本当に別な価値観を持っていたのならば、知的障碍児を学校変革の道具にはしないわけである。
  口先と本音が違う事がある事もしばしばあるが、以上もその例の一つだろう。
  又、この僕は何の能力を持っているのか。自分でもつかみにくかった。今回の初童話がその現れの一つで、これから本格的に現れてくるのかもしれない。作家の能力で。伊藤まつさんと知り合ったのが1977年。福祉キャンプに初めて参加したのが78年。その辺りから構想期間が始まって。そんな事もあり得ると気が付き始めつつある。子供の時は宇宙や気象の科学者になりたかったが、それも子供向け科学の文で実現させているのかもしれないが、案外、作家の適性もあるのかもしれないと。そんな事も想う。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2017年01月26日 17:26
    そのような派の人たちから77年には話も聞いていた。当時の僕は違和感も持ったが、具体的にどこがおかしいのか、見抜けなかった。当時はまだ経済学に疎かったから、そのせいだったのだろうが。それはともかく、身障者やボランティアの中には賛同して付いていった人たちさえいた。その中には後年になり、後悔した人たちもいたが。

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