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2016年08月30日15:32

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関わりから得たもの

  まず、全生園の伊藤まつさんも、元S園の野口栄一君も、彼らの側も僕にしっかり関わって下さった事である。それこそが僕の得た最大の果報だと。具体的には、伊藤まつさんは代筆でよく手紙をくれたし、この僕の為に「良い彼女が見つかりますように」とも祈ってくれた。また、1980年から野口栄一君は遠い群馬県に引っ越ししたが、それでも、僕にしっかり手紙や年賀状をくれた。遠さから思うと、これも伊藤まつさんのその祈りに匹敵するだけの僕への関わりだと言うしかない。
 大体、代筆は書いてくれる人との歩調合せに気を取られて、書きにくいものである。書く事に集中ができない。僕も口述筆記は事務的なこと以外は苦手てある。それなのに、二人は手紙をたくさんくれた。当時の僕は電動タイプライターで書いていたが、もしも、それが使えなければ、二人には手紙は書いていなかっただろうから。
  それもマイミク向けに詳しく書いたS氏の教えに無意識的に従っていたためである。やっと判ったし、感謝もS氏には改めてした。
  では、そのS氏は僕に関わって、どのような果報を得たのか。非常に難しい問題である。また、それはS氏にしか判らない問題だろう。関わって1年後には、僕とは別の人たちにしろ、大ゲンカして傷ついたわけだから。短期的な見方をすれば、S氏は割が合わない事になる。でも、非常に大きく見れば、深いものを得ている気がする。例えば、「世の中にはいろんな考え方の人がいる」事も知ったと思う。それまでは、プロテスタント系の人たちしか知らなかったようだから。キリスト教は良いが、それだけでも何か偏りが出てくるのは、中世ヨーロッパの歴史から見ても言える事である。ケンカしても良いから、若い時に唯物的な考え方の人たちがいる事を知る事もS氏には必要だった気がする。その他にも、かなりの果報を得ただろうだし、そうでなければおかしい気もするが。
  とにかく、しっかりした関わりには必ず良い果報があるし、中途半端な関わりにはろくな果報はないわけである。
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