例えば、筋ジストロフィーを持つ人たちを一からげに見る人たちは批判もかなり受けているし、自分でも悪い事だと気が付いている。それなのに、「自然にそう見てしまう。理由は判らない」例ばかり。理性で抑えても、どうにもならないわけである。
正直言って、僕もそのような人たちにはイヤ気を感じてきたし、対応にもずっと悩み続けた。第一、そうなる理由が判らなけれは、対応もできないわけである。「職員」を一様に見るように、何も障碍者に対してだけではないらしいことは僕にも判ったが。
その理由も、「中学・高校時代に交友が学校内に限られていたこと」に原因がありそうだと、僕は気が付きつつある。その場合、人と付き合えなくなるだけでなく、まともに個人の個性も見れなくなるようだ。早い話、僕も10代の時、原一男氏や学生ボランティアS氏と付き合わなければ、同じになったと。今ごろは「ミクシーの人は○○だ」という日記を書いては、皆さまから嫌われていただろう。人は環境で変わるわけだから。学校任せの日本人の意識は大間違いだと思う。
ただし、今さら、中学・高校時代を繰り返すわけにはいかないし、そのような人たちとはどう付き合えば良いか、判らない。
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