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2015年10月29日11:03

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回顧的な話・富士福祉事業団を退いた理由




   1976年から82年まで、富士福祉事業団という、当時としては大きい福祉団体に僕はいて、その傘下の複数の福祉会で子供会や身障施設キャンプもさせて頂きました。でも、次第にそこで述べたい事もなくなり、行き詰まり、自ら退くようにもなっています。その理由が今まで判らなかったです。後年、「続ければ良かった。社会的にも伸びたのに」と釈然としない想いもあったわけです。その理由がふと昨日判りました。

  当時の僕は政治・経済・法律に疎かった。それでは、特に福祉関係の話をしたり、文を書く事はできません。富士福祉事業団では雑誌や機関誌も発行していましたが、当時の僕は投稿などはできなかったわけです。福祉に限らず、社会問題全般についても言えますね。せいぜい医者の友人たちに、脳性まひの医学的な事を手紙で書いて送るくらいで。例えば、障碍年金の事も経済に疎ければ、訴える事もできません。本当に何も書けない状態でした。

  85年から放送大学で学ぶようになり、政治・経済・法律は全ての人にとっての生活に欠かせないものだと知り、それから福祉関係の訴えもいつの間にか、できるようになったわけです。
  富士福祉を去り、僕は交友範囲が狭くなり、外出の機会も激減するなど、マイナス面が多かったですが、理由を知り、納得もしたわけです。

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