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2020年11月27日08:06

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ラスタマン・バイブレーション 2002−22−A



 ナイヤビンギ

 
古田ジャマイカ・メモ

〔ラスタ英語の神秘的世界〕
HIS IMPERIAL MAJESTY・EMPEROR HAILE SELASSIE I・NEGUS OF ITHIOPIA・KING OF KINGS・LORD OF LORDS・CONQUERING LION OF THE TRIBE OF JUDAH・EYSUS KRISTOS・ADONAI・SHIBA・ROOTS OF DAVID・ELECT OF HIMSELF・KING ALPHA AND QUEEN OMEGA
=ジャー(生き神・ハイレセラシエ )の聖なる称号
JAH RASTAFARI=至高の創造主(すなわち故エチオピア皇帝)のこと。またはセラシエ を地上に降臨した神とする信仰。
RAS=王。古代よりのエチオピア言語、アムハラ語に由来する。
RASTAFARI THEOCRACY=神(ジャー)の下でラスタが政治を行う。先鋭的ラスタが究極の目的とする。この点で、イスラム原理主義と似通っている。
DREAD・NIYABINGHI THEOCRACY=古代のラスタファリ教団。ラスタたちはその存在を信じている。
NIYABINGHI=ナイヤビンギとはラスタの集会。歴史的事件を記念するものが多く、会議と唄とドラミングが主体。最大のビンギは毎年四月二十一日から三日間続く、グロウネーションと呼ばれるもので、一九六六年のセラシエ のジャマイカ訪問を記念して開催される。キャッスル・ケリーで行われるが正確な場所は秘密だ。神秘的なラスタの祭典。
REASONING=会議
ITAL=TOTAL
INITI=UNITY
IDITATION=MEDITATION
IYARIC=ラスタ英語。ラスタファリアンはネガティブ(退廃的)な言葉をポジティブ(創造的)なものに変える。たとえば(ラスタが所有欲に犯されたネガティブな言葉と考える)I・WE・USの代わりに、I&Iが使われる。
LIVICATED=DEDICATED献身的。DEAD(死)の連想を避けた言葉。
PROPHESY=聖書。BOOK OF WISDOMとも言う。
ラスタ同士の呼称としては、QUEEN(成人女性)DAUGHTER OF ZION(女性)BREDRIN(兄弟)SISTRIN(姉妹)などを使う。
SO THAT THE HUNGRY BE FED・THE NAKED CLOTHED・THE SICK NOURISHED・THE AGED PROTECTED AND THE INFANTS CARED FOR
=(飢える者は腹を満たされ、着る物の無い者は衣服を与えられ、病人は滋養物を授けられ、老人と子供は大切に庇護されるだろう。)ラスタの祈りの一節で、ラスタたちのつましい理想を表現している。

 心臓の鼓動のようなナイヤビンギの太鼓の音が聞こえる。
―ジャジャー
―ラスタファーライ
 寄せては返す浜辺の白波のように、単調なようで奥深い独特のドラミングが延々と続き、大勢のラスタたちが集う広場にゆっくり黒い救世主が降臨する。呪術的儀式ナイヤビンギは五郎たちがコミューンに到着した翌日の夕方、赤い夕陽が遠くの山に近づく頃に始まった。
「山の神殿」と呼称される、このラスタ・コミューンは険しい山々に囲まれた広い丘の上にあった。まるで縄文時代の砦の如く周囲に太い丸太の柵(さく)をめぐらし、その中には七つの居住棟、礼拝堂、食堂、倉庫などが広場を取り巻いて配置されていた。普段は百人前後のラスタたちが暮らし、野菜畑や果樹園の世話と米や麦の栽培をして自給自足の生活を送っていた。当然、周囲の森のなかには幾つものガンジャ畑が秘密裡に栽培されている。
 政府とマフィアの弾圧に抵抗するためのナイヤビンギ大集会に、ジャマイカ各地からラスタのリーダーたちがまだ続々と集まってきていた。
 キングストン脱出の疲れがまだ残る五郎とタケは、ゲートの傍らに腰を下ろして珍しい光景をぼんやり眺めていた。鍋や米袋を背負い、リュックや毛布を頭に載せて山羊を連れたラスタたちが緑の野原をゆったり歩いてくる。家族連れが多く、ドレッドの少年や、ドレッドにターバンを巻いた娘が笑っていた。長いドレッドを頭上にぐるぐると束ねた老婆が曲がっている腰を杖で支えながらやってくる。
 ジャーを信仰する人々の表情は、厳しい状況にもかかわらず明るく澄んでいた。
「アイリー、ブレドリン」
 二人に声をかけた黒いガウンとターバンの老人が三色の旗がたなびくゲートをくぐっていった。
「この世の景色とは思えないぜ。ここはまるで石器時代だな・・・・・」
 タケがあきれ果てたように言った。二人と言えば、サブに貰ったガンジャを思う存分吸い、恍惚として身体が宙に浮いている気分だった。絶え間なく聞こえる、心臓の鼓動のようなナイヤビンギの太鼓の音が、無信仰な二人を少しずつ永遠の存在に近づけていく。仔犬のジョーは山羊の乳をたっぷり飲み、満足して五郎の足元で眠っていた。
 サブは朝からガンジャを吸ってはコンガを叩き、休むと吸うという繰り返しで、一日中モウロウとしながら過ごしていた。広場の片隅でコンガを叩いていると、神を念じるラスタたちの気持ちが異邦人サブの心を包み込んでいく。身体のなかに不思議な喜びが湧いてくる。ガンジャの生み出した幻想世界のなかで、神と会い、神と一体化したラスタたちの歓喜の叫びが草野球場ほどの広場に沸きあがった。
―ジャー、ジャー・・・・・
―ジャー!
―ラスタファーライ!
「ジャー・ラスタファライ!とうとうジャーと出会った!」
 突然サブは大声で叫び、感動の涙を流した。
 日本ではボブ・マーリイに憧れてドレッドにしただけの、見かけだけのラスタだったが、山のラスタたちの導きで信仰の核心に触れることができた。寄る辺無いフーテン暮らしのサブが信仰者として再生したのだ。

 夕陽が山の端(は)で一日の最後の光りを放っていた。
「日本でさあ、オレはどうしてあんなに突っ張っていたのかなあ?まるでガキだよな」
 珍しくタケがしんみりと言う。
「日本だって、虚栄と欲望が渦巻くバビロンだからさ。
ここでは太陽と大地と空気と水があれば充分だ。それだけで生きていける。争いも起きない。
バビロンでは、誰もが見栄や欲望にとり憑かれ、ささいなことで殺しあう。馬鹿な話さ」
 五郎はブルックリンのサウンド・システムで出会った浮浪の老ラスタの言葉を思い出すのだった。
「オレは馬鹿も好きだけど・・・・・、でもここは楽でいいや。ボーっとしてるだけで最高なんだから。都会もんのオレ様が・・・・・。不思議だ」
 西の空の夕焼けが消えていく頃には、ゲートの外は暇人のタケとジョーの遊び相手をする五郎の二人だけになってしまった。もうあたりは薄暗くなっていた。
「れれ、あそこにいるのは日本人の女の子みたいだぜ?いや、チャイナかなあ?」
 スーツを着た都会者のラスタが三人と、小柄な東洋系の顔立ちの娘が二人やってきた。娘たちはカメラを持ってキョロキョロしている。どう見ても、観光客だ。
「ねえ、あんたたち日本人でしょう?」
「えー、ウッソー。こんなところで・・・・・」
 連れのラスタたちが突然飛び交う日本語に怪訝(けげん)な顔をした。
 五郎が仕方なく弁解する。
「へイ、ブラザー。オレたちは日本人同士だ。すこし話しをさせてくれ」
「イヤーマン。日本人が山のコミューンにいるなんて、世の中進歩したものだ。ハッハッハッ」
 ラスタの一人が五郎の肩をポンと叩いて、ナイヤビンギが続く広場のほうに消えた。
「ねえ、あんたたち本当に日本人なの?」
 娘たちは、ジャマイカ人なみに黒く日焼けして恰好は薄汚れた二人を警戒した。
「心配しなくて大丈夫。バリバリの日本人さ。こちらは先輩の五郎さん、オレはタケでーす。よろしくね」
「わー、よかったね、チエミちゃん」
 名前に似合わず、ひょろりと細いマ リが喜んだ。
「ウン、嬉しい。日本人がいなくて心細かったの。二人で十日間のジャマイカ旅行に来て、ネグリルでラスタのケントに知り合ったの。彼が面白い祭りがあるから行かないかって・・・・・。ねえ、マ リちゃん」
 小太りで丸顔のチエミが左手首にとまった蚊を叩きながら言った。
「そうそう。あたしたち英語が駄目じゃん。だから、そう言われたような気がして、彼等についてきたんだ」
「昼過ぎにホテルを出て、車に乗って、直ぐそこだって言うのに、何時間も走ったの。車から降りた後は山登りでしょ。まいったわ。」
「あたしたち殺されるんじゃないだろうかって、二人で心配してたの。日本人に会えて本当にうれしい・・・・・」
 賑やかなギャルたちに五郎は、ひさしぶりの日本を感じた。
「どう、ジャマイカ楽しんでいる?」
「サイコーよ。ねえ、チエミちゃん、キングストン面白かったよね」
「夜のサウンドシステムは世界一だよねー。音は狂いそうなほど凄いし、男の子たちはオシャレで恰好いいし・・・・・」
「ラメ・スーツなんて、信じられない。日本だったら、芸能人だって恥ずかしがって着ないよ。でも、それが似合うんだから不思議だわ」
「目の前で殺人もあったしね」
「おいおい、ホントかい?」
 無邪気なギャルたちにタケがのけぞった。
「誰かが胸を刺されて、ピューと血が噴き出したの」
「ビックリしたよねー。サイコーにぶっ飛んだ夜だった」
「おたくたちも怖いもの知らずだねえ、まったく。他人のことは言えねえけどさ」
 さすがのタケも呆れ果てていた。五郎は浮かれる三人から離れて、ジョーと一緒に広場のほうに歩いていった。

 数百人のラスタたちが儀式に参加する広場には、ガンジャの煙が濛々(もうもう)と立ち込めていた。無我の境地で太鼓を叩き、踊り、唄うラスタたちの間を可愛いドレッドの子どもたちが走り回り、白や茶色の山羊がウロウロする。片隅では腰を下ろした老婆が細長いドレッドを地面に垂らし、大きな聖書を抱えてブツブツ言っていた。
 五郎はガンジャの煙に咽(む)せながら、広場の周囲を歩きまわった。
 ラスタたちの全身全霊で神と向かい合う姿は、冷静な五郎の目には狂気染みて映り、その情念には感動するが、やはり理解しがたい世界だ。
―ジャーか・・・・・。オレもいつかは神と出会うのだろうか?もしそうなっても、あれほどの情熱で神を賛美できるだろうか?いや、無理だな
 五郎はすこし白けた気分で広場を眺めた。
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