●国字活字による「キリシタン版」
・「病者を扶くる心得」
ローマン活字による「キリシタン版」はそれなりに貴重である。が、国字活字によるキリシタン版は、国字なるが故に、一層興味を引かれる。前者は宣教師用であるが、後者は日本人信徒のために刊行されたもの。加えて、文字そのものに魅力がある。
「病者を扶くる心得」と呼ばれているものは、表紙が失われているので原題は不明。それで本文冒頭の句「ばうちずもの授けやう」がそのまま題名代りに用いられることもある。
初頁は次のようである。一行にわたる部分は本文一行分である。( )内は筆者の注。
ばうちずも(洗礼)の授けやうとびやうじや(病者)に
ぺにてんしや(ペニテンシャー痛悔)をす﹅むるけうけ(教化)の事
それびようじやのこんひさん(告白)を聞き或いは尊き
ばうちずもをさずくるためにはあてれ(パードレー神父)あり
合給はざる事おほき故にてもあれ人の
あにま(霊魂)をたすかる位となす事はならびなき
功力と云ひ其たう(導)師となる事も又ふかき
でうすの御恩なれば彼(かの)一大事のつとめ様を
いささかしるすや故にりやく(略)してゑすきりつ
うら(エスクリトラー聖書)と学者の語の出所をばここにのせず
されば人間のつみ科を赦し給はん為に御
主ぜずきりしと二つの道をさだめ玉ふ也(なり)
文禄二年(一五九二)天草で刊行されたものである。草書体漢字や変体仮名を用い、書体も大きく伸びやかで、筆写文字の姿を残している。この書体だけを見ていると、古典の一節が筆写されているような錯覚に陥る。しかし内容は臨終の病人に侍する心得、司祭不在時の授洗とその準備に必要な心構えを教えるキリシタン書である。
印刷本は主だった信徒たちに渡され、彼らはこれを熟読暗記したのであろう。当時、日本庶民の相当数がこの程度の文字の素養があったことになる。(残存する原本は世界に唯一冊、現在天理図書館蔵で国の重要文化財)
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