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2020年06月01日08:12

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キングストンー4

 恋人たちがお喋りをしている。レコードショプの脇の小路に電柱があり、半身を電柱に隠すようにして向き合っている。革の大きなツバのある帽子のラスタの青年と白いワンピースの女の子が。いつまでもそうやって。どこかなにか懐かしいような光景。

 黒いマントに黒いターバン。ハイレ・セラシエの手製バッジを幾つも胸につけ、ホーキの束を担いで、キングストンの街を歩く。威風堂々と。あちこちのレゲエ・ショップに、彼等の手造りのホーキを売りつけて郊外の教会に帰る。彼等はラスタのお坊さん。ラスタ・ミュージシャンたちも一歩退く偉い人。ホーキを担いでひたすら街を歩く。

 ホテルから空港に行く白人の親父と途中までタクシーに同乗する。一人でテキサスから四、五日休暇で来て、帰るところだと云う。アメリカ人には、ジャマイカは日本人にとってのグアム島のような気軽な観光地らしい。この頭が禿げた中年の白人は紙袋ひとつしか持たず、テニス用の白い短パンとポロシャツ、ゴム草履という、日曜日に家の近くの公園に散歩にきたような雰囲気。タクシーが走りだす。今日も暑い。白人がやはり中年の黒人の運転手に話しかける。「そういえば、街でよくビッグ・ハットの連中を見るけど、何なんだい?」「ああ、奴らはラスタファリアンですよ。何かを信仰してるというけど、奴らのは宗教なんてものじゃないですよ。ただのヤクザな連中でさあ」「フーン」

車が交差点に近づく。背後の壁に枕をいくつも吊るし、両手にも三つ四つ持った黒人青年が交差点の角でセールスに熱中している。スピードを落とさず次々通りすぎる車に身をのりだし大声を張り上げる。汗にまみれ、精気と疲労の入り混じった黒い顔がフロント・ガラスに近づき遠ざかる。

ふと前日の夕方のことを思いだす。ホテル近くのバーに行く。住宅の一角がバーで、まわりが庭に囲まれ、客が表で仲間とバクチで興奮している。洗濯物が木の間に吊るされ、奥には物置小屋と散乱したガラクタ。店内のカウンターの中には愛想のいい十代の黒人青年がいた。レッドストライプ(ビール)を注文。地元の人たちの溜まり場の気分の良い店。ジャマイカ一番の人気DJ、イエローマンのレコードがジュークボックスから絶え間なく流れる。庭を毛足の長い、薄汚れたテリア系の老犬が大儀そうに歩く。門の傍でゴロリと横になった。目ヤニがひどい。「なんて名前だい?」カウンターの若者に尋ねる。「ラスタファントム(ラスタのお化け)さ」。三人連れの男達がやって来る。ホワイトラムを一ビン注文。陽気な笑い声がシュガー・マイノットの甘い声と混じり暗い夜空に吸いこまれる。ラスタファントムもねぐらに消えてしまった。涼しい海風が気持ちいい時間だ。

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