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2020年05月29日09:02

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キングストンー1

 ガツン。アップタウンの商店が集まる道沿いに、車の騒音に混じって大きな音が響いた。すこし気取った山の手のグレゴリー・アイザックスの店を出て、すぐ脇の売店で、僕はアイスクリームコーンを買っていた。男も女も足を止めて、クスクス笑っている。透明な空気を通り抜け、真昼の太陽がギラギラ照りつける道端で、大きな石を1人のラスタマンが頭上にかかげて、目の前のコンクリートの壁面に向かい怒声をあげている。まわりの建物からもいろんな顔がのぞく。「おまえは・・・」「ちくしょう・・・」・・・。切れ切れに言葉が流れてくる。ガツン。ものすごい勢いで壁に投げとばされた岩が彼の足元にゴロゴロ転がる。珍しいショーでも見るような眼で皆ニヤニヤして立ち止まっている。汗とほこり、破れ目から黒い肌が光る濃紺のTシャツと黒ズボンのラスタマンのドレッドが、大石を投げるたびに華麗に空中を舞う。もう一度放り投げると、顔を歪め、大口を開けて罵声をあげていた彼の顔は別人のようにスッキリして、今迄の出来事が嘘のような顔付で、スタスタと歩き去ってしまった。町の一角のちょっとした見世物は終わり、熱風が通りを吹き抜ける。

 59番のバスに乗る。ボブ・マーリイのワンラブ・コンサートのあったナショナル・スタジアムそばの安宿からダウンタウンに向う。バスの車掌だけは釣り銭をごまかさない。ジャマイカ人は車を停める時、手を斜め下に伸ばす。これがなかなか格好いい。むかしオートバイ試験の時、手信号があったっけ。停止の合図が同じだ。多分どっちのルーツもイギリスかも知れない。このバスの車掌は中年の太ったおばさんだ。肉厚の逞しい腕でキップを切る。車内の揉事もひと睨みで静まりそうな貫禄だ。バスは住宅街を走る。通りは、金持ちたちの豪邸が建ち並ぶビバリーヒルズという細長い丘の下を走るマウンテン・ヴュー通り。今日は町内清掃の日らしく、あちこちで女の人たちがジャマイカ風の熊手でゴミを集めている。

化学工業のないこの国は燃えないゴミはまず少ない。出たとしても、誰かがすぐ拾ってしまう。果物を買いに近くを歩いていた時、ゴミ捨て場に壊れたピンクの旅行カバンを見つける。片面の一部がとれて中が見えた。当然カラのようだった。帰り道、それを大事に抱えている男とすれちがった。ビールの空き瓶も車から放り投げるようなことはしない。ジャマイカでショッキングな光景のひとつは事故車の残骸だ。まるで巨大な猫がしゃぶり尽したように、あらゆる部品が盗みとられて、キレイにシャーシーだけがひっくり返っていたり、壁に激突した姿勢で放置されていた、これらの奇妙なオブジェをのぞけば、ジャマイカは清潔な国とも言える。かき集めたゴミは、その場で燃やせば万事終了だ。

 この日、バス停で待っている間、直ぐそばで、大きなゴミ山をつくるのに熱中している二人の女を眺めていた。ゴミ集めも一段落して、マッチで火をつけた。乾燥した枯れ草の多いゴミの山は一気に燃え上り、すぐ傍の立木の葉に火が移りバリバリ燃え始める。慌てて二人組は熊手で火を払い落していた。なんとなく、ジャマイカだなあ、と感心してしまう。バスから外を眺める。郊外のこの辺は住宅の間に空き地が多く、緑豊かな雑草を山羊や牛が放されてのんびり食べている。子供たちもいる。昼下がり、バスは走る。海沿いの道に入る手前で異様な光景を見た。前に車がつかえていて、バスが停まる。ふと外を見ると、男が道端でひっくり返っている。男の体をまたいで人が通る。ドレッドロックのラスタマンだった。手足がバラバラの姿勢で横たわっている。頭を壁にもたれかけたラスタの眼は大きく開き、どこか恍惚としている。踏みつけられても、ピクリともしない。ガンジャの世界に没入した、悲惨のような、幸福のような不思議な光景。バスは走りだし、男は遠くに去っていった。

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