●大曾教会
青方浦北方の入江に面して、丘を少し上がった所に赤レンガの大曾教会がある。
カトリック信者は西暦1873年禁教札の撤去から六年目、1879年大曾の裏迫に初の教会堂を建立した。現在の赤い聖堂は1916年8月16日献堂。1951年4月15日大曾小教区設立。鯛の浦小教区より独立。
現在、大曾小教区(大曾、青方、跡次)信徒戸数200戸、信徒数1100名(1979・10・3大曾教会建立百周年記念)
と教会の説明板が記している。五島の教会がどこもそうであるように、建築作業は信徒の労力奉仕による。ステンドグラスは日本製。入口の両側に、キリストの白い立像を中にして植えられている常緑樹の左方が枯死していた。昨年の台風十二号の仕業だ。大曾地区は百パーセント、カトリックだという。こういう所が日本にあったのだ!中通島の住民約4万のうち四分の一は信者である。この大曾では教会の丘から見渡すあの浜、この斜面に散在する人家が、すべて信者の住居なのだ。教会は文字通り生活の中心である。
主任の浜口師はまだ若く、教区民と一体の暮らしをしている。毎日誰かしら漁の帰りに、
「今日はよく釣れたもんで」
とか、
「魚があまり食い付かなかったので」
などと言いながら、その日の獲物を師に分ける。仲間のもめ事や、時には夫婦ケンカの仲裁やら、集落の住民生活に深くタッチし、信頼されているのが司祭である。何となくドン・カミロを思い出す。浜口師は長崎・外海の出身で、五島のカトリック信者とは祖先を同じくしている。
信徒は漁業を主とし、北海道、台湾方面に出漁する時は一ヵ月も帰らない。留守宅では教会の十字架を仰いで夫や父の安全を祈っている姿が目に見えるようだ。
一行は聖堂に入り、”聖母の訪問”を思い、ロザリオ一連を祈った。
昼食の場所は小入江をはさんで、丁度大曾教会を見渡す場所に停車したバスの中。岸辺には小舟がもやっている。車の外は強い陽ざしで、奈良尾港での大雨はうそのようだ。
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